M.M 水夏〜suika〜インプレッション


 ここでは、私の最もお気に入りのギャルゲーである「水夏〜suika〜」のシナリオの考察をしていこうと思います。既に「水夏〜suika〜」をプレイされた方ならお分かりかと思いますが、このゲーム、シナリオの難解さで有名です。私自身十数回とプレイしていますが、未だにシナリオの全貌を把握しているとは言い切れません。それでも、このゲームに惚れ込んでしまった以上、この難解なシナリオを考察せずにはいられません。是非一度、目を通して頂ければ幸いです。なお、間違いや感想があれば、是非メールにて御連絡下さい。なお、当然のことながらネタバレだらけなので見たくないかたはすぐ下から非難してください。それでは、始まりますよ〜。
(追伸:この後に発売された「水夏 A.S+」には弱冠の追加シナリオが存在します。これについての考察は、後に更新したいと思います。)

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第一章 水瀬 伊月


「私……私と小夜ちゃんで、何年でも、ここで、この神社で、ずっと待ってる。」


 始めに第一章についての考察から入ります。この章は、過去編と現在編の二種類の時間軸を、入ったり来たりしてストーリーが展開されていますので、二つに分けて話を展開していきます。

 まず過去編。この話で一番重要なことは、伊月と小夜そして彰の三人の関係は、表から見ても裏から見ても、全く普通の中学生の日常だったことです。学校での小堺によるいじめ、花火を巡るいざこざ、裏山でのモヨ子という猫を巡る生と死、小夜の彰への告白、その全てが、現実に起こりうる一瞬のひと時だったのです。そんな過去編の中で、ストーリーの核になるのは、双子の女性が同じ人を愛し、嫉妬・不安などを心に秘めながら時間を過ごしていくことです。始めは三人で仲良く過ごしていたのに、心の中で少しずつ気持ちの変化が生まれてきます。それが見え隠れし出す日常、その一つ一つが、日常の何気ない生活のなかで描かれています。そんな何気なく終わるはずの日常が、彰の帰郷という形で変化していきます。彰が帰るということで、花輪を作ろうということになります。この時点で、二人の心の中の彰への思い・互いへの嫉妬の思いは頂点に達していました。花輪をどちらが被せるかという言い争いから、取り返しの付かない事態に陥ります。小夜の死です。そしてその原因は、伊月です。そして、その後に降りかかる実の父親による絞殺。これによって、何気ない日常は崩壊してしまいます。そして、彰への思いを手紙という形に残し(これについての考察は後に)、思いを伝えられないままストーリーは現在編へと移ります。

 現在編。六年振りに常盤村に帰ってきた彰。それは、自分が一浪した為、勉強が捗るであろうと思われるこの地に帰ってきたのであります。そこで彰は、六年振りに伊月と再会します。この時点で、彰も伊月も、伊月が死んでいる存在であるとは気付いていません。それから二人は度々神社で会い、過去の思い出を振り返ります。しかし、彰は伊月に対して少しずつ不信感を持っていきます。伊月の父親の様子、伊月の言動、ばーちゃんの「双子のどちらかが居なくなって、どちらかが入院している。」という証言。そんな思いを胸に秘めながらも、彰と伊月は思いを深めて生きます。しかし、伊月はある一つの決心をしていました。それは、自分の魂を小夜に返すということ。伊月は、自分が死ぬことで、最愛の姉妹である小夜を蘇らせようと考えたのです。しかし、彰の証言で、自分はすでに死んでいる存在であることを知ります。彰に好きという気持ちを伝えつつも、自分の信念を貫き通した伊月は、(千夏の)思いは成就されて、そのまま空へと帰っていきます。

 次に、主になる二人のヒロインについて考えていきます。まずは伊月について書いてみます。始めに過去編。伊月は小夜と違い、おとなしくて引っ込み思案な性格です。そのため、自分の言いたい事が素直に言えず、学校ではいじめに逢ってしまいました。そんな周りの環境に左右されやすい伊月は、ある奇怪な観念に囚われてしまいます。それは、「自分の愛する人は、自分の命を捧げる事によって蘇る」ということです。現代での伊月の奇妙な発言はそのためにあります。伊月がそういった観念に囚われた理由は、主に三つあります。一つ目は、巻物です。三人で忍び込んだ神社の御堂にあった巻物は、死者が腐っていき、蘇っていくものでした。それを見て、なおかつ母親にも同じようなことを言われた事が、第一の原因です。二つ目は、伊月の好きな詩集です。「愛するものが死んだ時には、自殺しなければならない」という文章は、当時の伊月にとっては十分信じられる要素であったと考えられます。三つ目は、モヨ子の蘇りです。実際蘇ってはいないのですが、彰と伊月の行動の偶然で、モヨ子が蘇ったと思ってしまいます。この三つの要因と千夏の我侭によって、現在の伊月が形成されたわけです。現在の伊月は、六年前に父親によって殺されたが、その後に千夏によって蘇らされた存在です(蘇らされた理由は後で)。そんな伊月の目的は二つありました。一つは、彰に自分の気持ちを伝えること。あとの一つは、小夜を蘇らすことです。そんな思いを持った伊月にとって、彰と再会できたことはこの上ない機会だったでしょう。伊月は、自分の願いをはたして、彰と一緒に居たいと思いつつも、安らかに眠ったことと思います。

 次に、小夜について考えていきます。小夜は、伊月とは違い自分の言いたい事を言うことができます。しかし、弱冠自己中心的な部分も見られます。今回、彰のことを好きだった小夜は、そのことで伊月に有利に立ってもらいたくなく、度々不機嫌になることがありました。しかし、伊月を好きな気持ちは本物であり、時には伊月を庇ったりといろいろと世話を焼きます。他にも、双子の間では分けられるものは分けようと、積極的な提案をしていきます。今回の悲劇は、小夜の彰に対する思いが制御出来なかったことと、伊月の情緒不安定さが引き起こした偶然といえると思います。現在の小夜が、一見すると伊月に見えるのは、小夜が伊月を大好きであり、伊月が小夜を大好きであることの為かも知れません。これからも小夜は、持ち前の明るさを失うこともなく、懸命に生きていくことと思います。

 それでは、次にこの第一章の見どころについて考えていきたいと思います。やはり注目しておきたいのは、過去と現在をストレスなく行き来する文章のロジックではないでしょうか。電話、その日その日の行動、天気、台詞回し、これらの要素を最大限に使って、非常に複雑なストーリーをテンポよく運んでくれます。あと、物語の終焉に向けて張り巡らされる伏線の数々も第一章の魅力です。文章を楽しみながら読みすすめる事が出来ます。そして、物語の最後に待っている衝撃の結末。誰しもがビックリするところだと思います。

 最後に、この第一章のテーマについて考えていきたいと思います。二人の少女が一人の少女を愛してしまったことで起きた悲劇。そして、その思いを六年越しで伝える事が出来たが、それがかなうと儚く消えてしまう現実(まあこれは、千夏によって引き起こされたトリックなのですが)。まさしく、この第一章で伝えたかった事は、「愛の裏側・姉妹愛」なのではないでしょうか。







第二章 白河 さやか


「手の甲へのキスは……忠誠の証……掌へのキスは、愛情……。」


 続きまして、第二章の考察に入りたいと思います。今回は、白河さやかという人物の心情の変化について考察していきながらストーリーを追っていこうと思います。彼女には、一つの特技がありました。それは、人の表情から、その人の感情を読み取ること。その特技の為、彼女は周りの人々から忌み嫌われます。そのことに加え、彼女の父親は、死と女性しか描かないと言われている天才画家、母親は生まれつきの病弱体質という決して恵まれてない環境にありました。そんな彼女の唯一の楽しみは、お母さんの絵を描くことでした。絵を一生懸命練習した彼女は、お母さんの絵を描くために母親をひまわり畑に連れ出します。しかし、もう末期症状にまで病気が進行していたお母さんは、そこで死んでしまいます。そのことを自分の所為だと思い込むさやか、そして、死んだ母親の絵を描く父親、この事が、彼女の父親嫌いと、彼女自身のペルソナを決定してしまいます。そんな彼女の前に現れたのは、当時自分より絵が得意な一つ下の上代蒼司です。彼は、彼女と似たような境遇を持っており、彼女が唯一心から笑って語り合える人でした。そして、そのようなさやかと蒼司と律という三人の人間関係のバランスのまま、八年の時を刻みます。

 八年たった現在でも、彼ら三人の人間関係は変わることはありませんでした。そんな中で、成績不振であるさやかが、蒼司に家庭教師を依頼することから、二人の関係が徐々に親密になっていきます。しかし、そんな二人ですが、お互いがお互いを完全に信じることは出来ませんでした。それは、律の存在の為です。蒼司は、律の絵の才能に魅了されていました。さやかは律のことが嫌いです。そんな二人の気持ちの違いが、お互いがお互いを完全に信じることを妨げているのです。そんなとき、とある不良達がさやかを襲おうと画策してました。それを防ごうとした蒼司ですが、律によってアッサリ解決してしまいます。その様子を見た蒼司は、律の心の中に、さやかを殺すのではないかという考えを見出します。そこで蒼司は、さやかを律から守ることを決意、二人はこの時点で完全に信じあえる中になったと考えられます。そんな時、ある日蒼司と待ち合わせをしたさやかですが、蒼司が行方不明になったものと思い込み、蒼司君の捜索に乗り出します。その中で、あの時の不良に遭遇し、さやかと、後に駆けつけた蒼司は深い傷を負ってしまいます。そのため、さやかは自宅に戻り、救急車を呼ぼうとしますが、ここで、二人は律の真実の気持ちの気付くことになります。

 律は、この時点で末期の肺癌に侵されていました。そんな律は、自分が死ぬ前に、さやかに父親らしいところを残したいと考えます。その方法は、やはり絵しかなかったものと考えます。しかし、八年間さやかの笑顔を知らなかった律は、さやかにその気持ちを示す方法を知りませんでした。そんな中、律は蒼司が書いたさやかの絵を見て、もう一度さやかの絵を描くことを決意します。しかし、もはや病気が進行し切ってしまった律には、目がほとんど見えませんでした。よって、絵の手伝いを蒼司にお願いすることにします。蒼司が行方不明になってたのは、律の手伝いをしていたからでした。そして、いよいよ絵は完成し、律は自分の生涯を閉じることになります。

つまり、この八年間、二人はずっと律の気持ちを誤解していたことになります。その原因は、律が特殊な絵を描いていたことと、さやかとの会話を持たなかった事が原因と考えられます。二人が少しでも話し合う機会を設ければ、もっと早く二人は分かり合えただろうと思われます。しかし、父親の誤解も解け、愛するべき人を見つけたさやかは、そのペルソナから開放され、作家としての人生を楽しく送ることと思われます。もはや絵を描くことは出来なくなってしまったさやか、これからは、蒼司と二人で、亡き父親のことを慕っていきながら過ごして行く事でしょう。

 次に、この第二章の見所について書こうと思います。まず始めに、この第二章の最大の特徴として、大きなストーリーが無く、幾つかのエピソードによって語られているところです。家庭教師を頼むこと、不良との関わり、美絵の登場、その一つ一つが、ただのエピソードとして描かれています。そんな中で唯一時が動いていたのは、律ただ一人だったのではないでしょうか。つまり、この第二章はそれぞれの登場人物の心情を読み取ることが一番重要なことです。そういった意味では、全章の中で一番理解するのが難しい章かもしれません。次に見所として考えられるのは、人間の五感の全てを利用した文章表現です。迫りくる恐怖や、絵を描いている時の描写などを例に取るとよく分かると思います。

 最後に、この第二章のテーマについて考えていきたいと思います。父親の愛の存在に気付かず一人周囲との環境に耐えていたさやか。そして、娘に愛情を注ごうと思いつつもそれが出来ずにただひたすらに絵を描き続けた律。そして、その真実の愛に気付いた時には、その愛を分かち合えなかった二人。やはりこの第二章のテーマは「家族愛」になると思います。







第三章 柾木 茜・京谷 透子


「わたし、良和のためなら、何だってしてあげる。何だって、どんなことでも。」


 続きまして、第三章の考察に入りたいと思います。第三章は、茜と透子の二人のヒロインが、良和を巡って対立していく構図になっていきますので、二人の人物像を振り返ることで展開していきます。

始めに、茜について考察していきます。茜は、良和とは義理の妹ではなく、実の血の繋がった妹です。これは、良和と鏡太郎との会話の中から分かります。また茜は、水泳が得意で、全国を狙えるほどの実力を持っていました。しかし、茜が肺炎を患っていたこと、そして、車に轢かれそうになって、手首を捻挫したことによって、茜の人生が大きく変わることになります。茜は、人生の最後の可能性を、良和に託しました。茜は、鏡太郎に血液鑑定を以来しました。その答えとして帰ってきたのは、血は繋がっていないというものでした。この答えを聞いた茜は行動を起こします。すなはち、良和を誘惑したのです。しかし、それも良和に拒否され、絶望の元に茜は自殺を決意します。良和に追われて崖に立った茜、目の前に死しか見えなかった茜には、ある種の清々しさがあったのかも知れません。しかし、自殺を試みた茜は、「千夏」の策略によって、生きながらえてしまいます。そして、二宮診療所で、記憶喪失な時間を過ごすことになります。そんな時間の中にも、茜の思いは見え隠れしていました。「夏への扉」というSF小説、ふたりの男女の夢、泳ぎたいという願望、そんな伏線の張り巡らされた時間も終わり、ついに記憶が蘇ります。常盤村に帰ってきた茜は、鏡太郎に出会うことによって、茜が記憶喪失になっていた時の事情を知ることになります。そして、奇しくもあの時と同じ状況に遭遇している良和の「答え」を確認しに行きます。その答えは、「透子」でした。良和が透子を選んだこと、つまり、透子が幸せになったことを見届けた茜は、二人のことを諦めます。しかし、茜には二宮先生が居るので、もう自殺することは無いでしょう。自分の気持ちに決着を付けつつ、三人で生活をしていくことと思われます。

 次に、透子について考察していきます。良和と透子は、おおよそ三年前から恋人として付き合っていました。そして、そんな中でも特に透子の良和に対する思いの強さは尋常ではありませんでした。透子にとって良和が全てであったので、それ以外の全ての人間を、良和の視野から排除したかったのです。そんな中、茜が自殺をするという事態が起こりました。そこで、透子は良和の思いを全て自分に向けるために行動を起こします。ここで、透子が行動を起こした動機と、この時点での登場人物の心理状況を整理してみたいと思います。まず、透子がここで行動を起こした原因は、良和の気持ちが全て自分の方に向いていなかったからです。そこで、それを照明する為に、透子は二つのことを鏡太郎に頼みます。一つは、茜に血液鑑定の結果について、ウソを教えることです。これによって、茜は自分と良和との仲にまだ「可能性」があると思います。そして行動を起こし、結果として良和に拒否させられてしまいます。この時点で、透子の作戦は成功で、事態は終焉を迎えるはずでした。しかし、ここでハプニングが起こります。それは、茜の自殺でした。そのため、良和の精神状態は非常に危ない状態になります。そこで、透子は次の以来を鏡太郎にします。それは、良和に暗示を掛けるというものでした。目的は、良和に、茜から迫られる状況を作り出す為です。茜が自殺した原因を、自分のせいだと思っている良和は、同じ状況に陥ったときに、その罪悪感から茜のことを選ぶ恐れがありました。つまり、この究極的状況で良和が透子を選べば、良和の心は全て透子に向いているということになります。そして、その暗示の内容とは、透子が茜のリボンを付けたときに、良和には透子が茜に見えるというものでした。これによって、透子は茜に成りすまし、良和をあの時の状況に追い込むことが可能となったわけです。ちなみに、この暗示の許容範囲は、「視覚」「嗅覚」「聴覚」の三つでした。さらに、透子は茜を演じている際にも、出来るだけ茜に良和の気持ちが傾くように演じました。そうすることによって、良和の真意を確かめたかったからです。そして、一週間というタイムリミットの最後の日に、運命の選択を再び迫られた良和は、透子を選びます。よって晴れて良和の気持ちは透子に向けられ、二人は新しい人生を歩むことになります。ここで注目すべきところは、透子が茜と鏡太郎の気持ちを完全に把握していたことです。茜の行動の予測、鏡太郎が自分のことを好きであったこと、それらを全て把握して、今回の行動に出たわけです。つまり、彼らは透子の掌の上で弄ばれたわけです。次に注目すべきところは、透子が良和の気持ちだけを把握し切れなかったところです。それこそ、再後の選択のときに、良和がどっちを選ぶかは透子にも分からなかったわけです。二人を利用するだけ利用して、懸命に茜を演じた透子にとって、最後に良和が自分を選んでくれたときの喜びは相当のものだったでしょう。

 それでは、この第三章の見所について書こうと思います。まずなんといっても注目したいのは、茜が実は透子だったということを匂わせる伏線の数々です。7/16の良和が茜のことを「重くなった」と言ったところ、7/17の茜が「昨日はたくさん食べたけど」と、透子と良和しか知らないことを言ったところ、7/20に海で茜が溺れたところ、そして良和のことを「良和」と呼んでいたところ、「サンオイル」を塗っていたところ、良和の茜に対する唇の感触、7/21に、透子が良和の家にいたところ、7/22の二宮先生と茜との会話のところ。挙げれば限がありませんが、こういった伏線が張り巡らされて、感のいい人は気付いたかもしれません。ちなみに、この伏線は第三章だけに留まらず、他の場面でも繰り広げられています。次に注目したいのは、二宮診療所に居た時の茜を巡る描写です。波の音、文学的な表現を意識した痛みの表現、このあたりの気配りは相変わらず素晴らしいです。

 最後に、この第三章のテーマについて考えていきたいと思います。この第3章をやると、愛とは決して綺麗な側面だけを持つものではないということがよく分かると思います。時には他人を排除してまで愛する人を手に入れると言うこともある、そういったことを思わされます。この第三章のテーマは、やはり「愛の裏側」なのではないでしょうか。







第四章 名無しの少女


「やっぱり……人の幸せを奪うことは…いけないんだよ………!」


 それでは最後に、物語の核になる第四章の考察に入りたいと思います。この第四章は、他の章と比較してもかなり難解です。自分自身、何回プレイしたか分からない程ですが、自分なりの見解を書いてみようと思います。考察は、主に名無しの少女の出生を柱に進めていきたいと思います。

人間としての名無し
 名無しの少女は、元々から死神だった訳ではありません。何年前かは分かりませんが、彼女はとある異国の地の少女でした。その少女は、生まれつき病気を持っていて、当時の医学では治せないものでした。その少女には姉がいました。その姉は、少女のために一つのぬいぐるみをプレゼントします。それがアルキメデスです。少女は、アルキメデスに自作の鎌を付けて、一つのお願い事をします。「もし、死神が僕の命を奪いに来たら、こう言って欲しいの、『この女の子は我が輩の獲物だ。だから、お前などお呼びではない。』。」このお願い事を残して、少女は息を引き取ります。(なお、ここの内容は原作の水夏に則って考察した物です。後に発売した「水夏 A.S+」にある「外伝・始まり」は、ここの部分を取り上げた物なので、その時に改めて詳しく記述します。)

死神としての名無し・アルキメデスの誕生
 少女が息を引き取った後、アルキメデスに新しい命が生まれます。それは、少女の願いから生まれた命でした。そして、まもなく少女の魂を運びに来た死神に対して、少女の願いであった事、すなはち、死神を追い払ってしまいます。しかし、これが皮肉にも少女を死神にしてしまうことになるわけです。死神になる条件は、「死後、魂が何らかの原因で彼岸に運ばれなかったこと」でした。皮肉にも死にたくないという思いでアルキメデスに願いを掛けた少女が、アルキメデスの所為で死神になってしまったわけです。

春樹との対面、千夏の誕生
 死神となってしまった名無しに、神様から初めての仕事が言い渡されます。ちなみに、当時は昭和20年です。その内容は、日本の常盤村にいる、稲葉春樹の母親の魂を彼岸に運ぶことでした。名無しはここで、案山子にお祈りをしている稲葉春樹に出会い、友達になります。春樹は母親の病気がよくなるようにとお祈りをしていました。名無しは、自分の正体を明かしたり、死神の懐中時計を見せたりと、死神としては本来やってはいけないことをやりますが、春樹とは仲良くなっていきます。そんな中、春樹が名無しを夏祭りに誘います。しかし、その年は戦争がひどく、夏祭りは行われませんでした。そのかわり、春樹は名無しに焼きもろこしをプレゼントすると約束します。しかし、焼きもろこしは一本しか取れませんでした。春樹は悩んだ末、その焼きもろこしを母親のもとへ持っていきます。そのため名無しは人との信頼や愛について信じる事が出来なくなり、その思いを懐中時計に置き去りにします。この懐中時計に置き去りにした「愛」という感情、それに名無しの記憶の一部を合わせたのが「千夏」です。それと同時に、名無しは春樹と出会ったことを忘れようとします。このことがきっかけで、名無しはその後、辛い事を忘れようとするのです。名無しは、二人だけの夏祭りをすることが出来ず、春樹の母親の魂を彼岸へ運ぶという仕事を終わらせて、常盤村での仕事を終えます。

宏との対面
 再び名無しは死神の仕事を与えられます。それは、常盤村で当時まだ小学生であった稲葉宏と、その母親の魂を彼岸へ運ぶことでした。稲葉宏は、過去名無しが常盤村で出会った稲葉春樹の孫であり、奇しくも名無しは「再会」してしまうわけです。ここでも名無しは宏と仲良くしてしまいます。そして、まるで50年前を繰り返すかのように、夏祭りに行く約束をしてしまいます。しかし、夏祭り当日に、二人は逸れてしまい、結局のところ、また夏祭りには行けません。その代わり、宏はいっぱいの食べ物で名無しと小さな夏祭りをしました。しかし、今回の名無しの仕事内容である、宏の母親の魂を運ぶ時間が来てしまいました。毎日案山子のまえでお祈りをしている宏に、名無しはそのことを伝えます。何も知らない宏は、名無しに「おまえがお母さんを殺したんだ!」と叫び、走り去っていきます。そして、宏は車とぶつかり、ここで名無しの第2の仕事が為されるはずでした。しかし、この時宏に恋をしていた名無しは、宏を連れて行くことをしませんでした。そして、自分の命の半分を宏に預けることで宏を生き返らせ、名無しは今回の常盤村での仕事を終えます。それと同時に、名無しは春樹の時と同様に、宏のことを忘れようとするのです。

宏との再会
 そして現代、名無しは再び常盤村を訪れます。今回の名無しの仕事は、「第1章の水瀬伊月の魂を運ぶこと」「第2章の白河律の魂を運ぶこと」「稲葉宏の父親の魂を運ぶこと」「稲葉ちとせの魂を運ぶこと」「小沼桐子の魂を運ぶこと」の五つでした。そして、今回名無しにはもう一つの仕事がありました。それは、「忘れ物をみつけること」です。これらの仕事を背負って再び常盤村に来た名無しは、またしても再び稲葉宏と再会します。この時点で、名無しは宏のことを忘れている為、また、宏も一度死んだ後名無しによって生き返った為、二人はお互いに初対面だと認識します。宏は、名無しのことを不憫に思い、宏が現在住んでいる旅館「なると」に連れて来ます。この日から、宏と名無しの二人の生活が始まります。

死神の告白
 名無しがなるとに来てから、しばらくは穏やかな時間が流れます。そんな中で、名無しにとって一番大切だったことは、「ちとせ」という友達が出来たことだと思います。名無しは今までずっと一人で、友達なんて一人も居なかったのに、ここで初めて友達が出来たのです。最も、その「ちとせ」の魂を回収しなければいけないことを、名無しは知っているわけですが。他にも名無しは、ちとせから借りた漫画を読んだり、女将さんと一緒に焼きもろこしを食べたり、お手玉をしたり、そうめんを食べたりと、楽しい時間を過ごします。しかし、宏は名無しに幾つかの疑問を持っていました。まず一つに、名無しがよく倒れたり、熱が出たりすることです。アルキメデスに言わせても、こんなことは初めてだということです。次に、名無しは「死」という概念に関しては凄く敏感だということです。テトラを巡る一連の行動、葬式のことをよく知っていること、死に関する会話をするととても冷静だったり、感情的だったりしたことです。そんな中、二人の人間が死にます。一人は、稲葉宏の父親、あと一人は、女将さんの小沼桐子です。そして、名無しは宏に告白します。自分が死神であるということ、二人の魂を運んでいたこと、死神の特性などです。ここで、死神の特性について確認します。第一に、死神は死に近い人にしか見えないということです。食堂「ボンバイエ」の店員や、女将さん以外の従業員が名無しが見えなかったのもそのためです。第二に、死神はあくまで「魂の運び手」であり、人から勝手に魂を抜き取ったりすることは出来ず、ただ、魂を運ぶことしか出来ません。そんな環境の為、名無しは人と深く関わりあう事が出来ず、ずっと人の泣き顔ばかり見続けている生活をしていたのです。しかし、そんな話を聴き、もしかしたらちとせが名無しに連れて行かれるかもしれないのに、宏は名無しと友に歩んでいくことを決意します。宏は、名無しに楽しいことを知ってもらう為に、また、名無しにこれ以上悲しい思いをさせないためにがんばるのです。

忘れ物
 名無しの今回の仕事に中に、「忘れ物をみつけること」がありましたが、これは一体何なのでしょうか。結論から言うと忘れ物は二つあって、一つは六年前に宏に預けた名無しの命の半分です。そして、後一つは50年前に置き去りにした名無しの「愛」という感情です。しかし、どうして名無しがこの二つの忘れ物を取り戻す必要があったのでしょうか。その答えは、元々一つの命だった物を三つに分けてしまった結果、もはや名無し自身の身が持たなくなってしまっていたからです。時々名無しの力がふっと抜けたり、熱を出して寝込んでしまったのはそのためです。このまま時間が過ぎてしまうと、いずれ名無しは消滅してしまいます。今回名無しに常盤村の仕事を任されたのはこのためです。このバラバラになった三つの命が再び一つになれば、名無しの身に起こっている様々な症状は消えて、再び死神としていることが出来ます。

千夏との再会、名無しを救う方法
 上記でも述べたとおり、このバラバラになった三つの命が再び一つになれば、名無しは消えることはありません。しかし、名無しが唯の死神に戻ることを拒む者が居ました。それが「千夏」です。彼女は、名無しの「愛」の部分を形にした存在ですが、同時に名無しの気持ちも十分に理解しています。つまり千夏は、名無しを死神に返すのではなく、普通の「人間」にしたかったのです。ここで確認したいのですが、死神が人間になるために必要なことは「人を愛すること」です。そのために、千夏は「3つの逝き場のない愛情」を手に入れました。これと同時に、宏も名無しに「愛するということ」を教えます。これによって、名無しを人間にする準備が整いました。

アルキメデスとの別れ
 さて、ここで一つアルキメデスについてまとめてみたいと思います。先にも言ったとおり、アルキメデスは少女の願いから生まれた命でした。しかし、そのためにアルキメデスは少女を死神にしてしまいます。このことは、アルキメデスの最大の蹉跌であり、アルキメデスが一生悔やんでも悔やみきれないものでした。しかし、そんなアルキメデスに最後のチャンスが訪れます。それは「ちとせ」です。先にも言ったとおり、ちとせは本来名無しの手によって魂を運ばれる存在でした。そのことは、アルキメデスも十分に知っていました。しかし、かつて自分が犯した蹉跌を乗り越えるために、また、この世に生を受けた意味を全うするため、アルキメデスは一つの決心をします。それは、「自分の命を代えてちとせを救うこと」です。そのために、アルキメデスは自らちとせのもとに残ります。そして、ちとせの手術の日に、宏に名無しのことを託します。その後、自分の運命を全うしたアルキメデス。その顔には、決して後悔の色は無かったことでしょう。

名無しの気持ち
 名無しは、この半世紀の間、どんな気持ちで死神をやっていたのでしょうか。人間に会っては泣き顔ばかり見続けて、人間と仲良くなれば別れが来る、そんな生活を送っていては、名無しが人を愛する心を手放したくなるのも十分に予想できます。ましてや、初めての仕事においての春樹との別れは、今後の名無しの運命を決定づけるものだったと思います。それでも、人間を信じる心を完全に捨てなかった名無しは宏に自分の命の半分を貸しました。名無しと宏の別れの一幕においての名無しの涙は、これまで死神として歩んできた思いの全てが詰まっていると思います。これまで出会ってきた人間のなかで唯一「愛」というもの教えてくれた宏、宏の行動が、たとえ名無しのためであったとしても、名無しは宏と別れることはしたくなかったと思います。「いやだよ!どうして消えるの!?置いてかれるのが、どんなに辛いか分かってるの!?どうして、みんなみんなボクをおいていくの!?やだよ……約束したのに……一緒に夏祭りに行こうって言ったのに。あなたじゃなきゃいけないのに……。」初めてもらした名無しの本音、その言葉を胸に刻んで、宏は名無しの中に返りました。

はじまる夏休み
 宏は神社で目を覚ましました。そして、神社にあった短冊で名無しが人間になったことを知った宏は、名無しとの再会を夢見て立ち上がります。なぜ、名無しに命を返した宏は現世に居るのでしょうか。それは、名無しが人間になったことが原因です。過去に名無しは、宏に自分の命の半分を貸しました。つまり、「人間の命2つ=死神の命1つ」ということになります。今回名無しが宏と千夏を取り込んだことにより、名無しは人間になれました。おそらく、そのことによって死神としての名無しの命が完全に二つに分かれ、その一方が宏のもとへと帰ったのだと思います。そして、ここにはもう1つの奇跡がありました。それは、名無しが人間になっても、死神の時の「記憶」を失わなかったということです。これはおそらく、宏と千夏が返るときにもっていた「愛」が、十分過ぎるくらいあったからだと思います。もし、この愛がやや足りなかったら、名無しは人間になることはあっても、記憶まで残るということは無かったと思います(=学生服の少女ED)。「また、忘れ物をしました。今度の夏、取りに行きます。」この忘れ物は、紛れも無く宏です。

夏祭り
 今度の夏という記述から、おそらく一年後の夏祭りであろうと思います。そこには、夏祭りを楽しむ華子、ちとせ、宏、そして「少女」の姿がありました。この少女は、紛れも泣くかつての「名無し」です。何時再開したかは分かりませんが、紛れも無くこうして名無しは宏と再会して、二人の新しい人生を歩んでいます。もしかしたら、この少女には名前がついているのかも知れません。これまで名前を持つことが出来なかった名無し、彼女が一番に欲しかったものは、もしかしたら名前だったのかも知れません。とにもかくにも、これからこの少女と宏は幸せに暮らしていくでしょう。







常盤村を駆け抜けた者 千夏


「いえ、私は……私であったことに、感謝します。」


 それではここで、名無しの少女を人間にするために、この常盤村を駆け巡った「千夏」について考察していこうと思います。千夏は水夏で唯一全ての章に登場しており、それだけ物語の中で最も重要になってきます。本編では正規のヒロインではありませんが、彼女の行動無しでは物語は完結することはありません。水夏の真のヒロインとも言える千夏を振り返ります。

千夏の誕生
 千夏は、名無しの少女から生まれた存在です。その起源は昭和20年の常盤村で、前にも記した通り、人との信頼や愛について信じる事が出来なくなった名無しが、懐中時計に置き去りにした思いから生まれました。この懐中時計に置き去りにした「愛」という感情、それに名無しの記憶の一部を合わせたのが「千夏」です。この時点で、千夏はまだ実体を持っていません。あくまで感情のみの存在として懐中時計の中に留まります。転機は、名無しが小学生の時の稲葉宏にこの懐中時計をあげたことから始まります。

華子との対面
 現代の7/7の日、稲葉宏の姉である七条華子は一人で常葉神社に訪れます。この時華子が胸にぶら下げていた物が、かつて宏が名無しから貰ったあの懐中時計でした。ここで華子は、常盤神社の隣にぶら下がっている短冊に興味を惹かれます。なぜなら、その短冊はそこに唯一つしか無かったからです。そして、この短冊を書いた本人こそが、名無しの少女だったのです。その内容は、「探し物、見つかりますように。」といったもの。これはまさに、名無しが常盤村に訪れた目的でした。そして、名無しが書いた短冊に華子が持っていた懐中時計の中の千夏が反応し、千夏が華子に語りかけます。語りかけた内容は本編では直接言ってませんが、おそらく名無しを人間にするために華子の体を貸して欲しいといった内容でしょう。華子はこれをあっさりと承諾し、千夏を受け入れることにしました。

千夏のしたこと
 それでは、千夏が華子の体を借りてまでやりたかった事はなんだったのでしょうか。前にも言った通り、千夏は名無しの感情の一部から生まれた存在です。なので、他の誰よりも名無しの気持ちを理解しています。そんな千夏が望んだことは、「名無しを人間にすること」でした。そこで千夏は、名無しを人間にするために「3つの逝き場のない愛情」を集めます。前にも言った通り、名無しが人間になるためには「宏の命」「千夏の命」「人を愛すること」の3つの条件が必要です。しかし、千夏は名無しが捨てた気持ちの存在であるため、千夏が名無しに「人を愛すること」を教えることは出来ません。それならばせめてと思い、千夏は「第1章の水瀬伊月」「第2章の白河律」「第3章の柾木茜」の3つの愛情を集め、自分が名無しに取り込まれる時にせめてもの足しになればと考え、思いを集めました。

千夏の気持ち
 そしてついに、千夏が名無しの中に還る時が来ました。名無しのために自分が出来る限りのことをやってきた千夏、その気持ちはおそらく満ち足りた物になっていることと思います。しかし、名無しの中に還る直前、千夏は次のように言葉を漏らします、「許してください……そう言うには、私は確信的過ぎました。」「ごめんなさい……」と。本当は、千夏は苦しんでいました。名無しが人間になるためにとはいえ、自分達とは無関係な人達を利用して、巻き込んでしまった訳です。それでも、千夏は名無しが捨てた「愛」という感情です。自分に正直になって、たとえ他の人が傷つくとしても、行動するしかなかったのです。そして、もう一つの感情がありました、「私も、あなたが好きでした。」「あの子と私の立場が逆ならば、どんなに悲しくて幸せだったのだろう……」と。千夏も名無しと同様に宏のことが好きであり、名無しの事が羨ましかったのです。誰からも必要とされず、ただ自分の気持ちに正直に行動してきた千夏、そんな千夏に華子は、こんな言葉をかけます。「顔を上げて涙を拭え千夏……過去は戻らない。今は前だけを見据えろ。残った連中には、謝っといてやる。」「今も、本当にそう思っているの……?」厳しくもやさしい華子の言葉、それはこの夏、誰よりも千夏の傍にいた華子だからこそ言う事の出来るセリフでした。そんな華子の力強い言葉を受け、千夏は最後にこう言葉を残します。「いえ、私は……私であったことに、感謝します。」「ありがとう。」と。

お土産
 ここでは、もう一つのエンディングとも言える「お土産」編について考えていきたいと思います。このお土産編は、本来名無しの為に行動してきた千夏が、その思いを爆発させて逆に名無しを我が物にしようとするシナリオです。前にも言いましたが、千夏は名無しが捨てた「愛」という感情です。それは人間の中で最も我侭な感情ですので、千夏がこういった行動に出るという事は十分あり得る事でした。しかし、千夏をこのような感情に駆り立てた理由は別にあります。それは、千夏が本当の意味で「孤独」という事です。確かに名無しは何時も「死」ばかりを見つめて生活してきましたが、近くには友達になれる人がいました。しかし、千夏にはそういった人は誰一人としていませんでした。なので、今回どんな手口を使ってでも宏を自分の物にしようとしたのだと思います。しかし、このとき千夏に初めての友達が出来ました。それは「ちとせ」です。ちとせは千夏の頭を「よしよし」と撫でてやり、慰めてあげました。これは千夏にとって優しくしてもらった初めてのことだと思います。千夏はあまりの嬉しさと自分のやった行動の愚かさに、泣きました。そして、それを慰めるちとせ、二人は本物の友達になれたと思います。その後、結果として宏、ちとせも死神となってしまいますが、最後の最後で友達を作れた千夏のエンディング「お土産」、見る価値は絶対にあると思います。



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