M.M WORLD END ECONOMiCA Episode.1


<特殊世界観を丁寧に表現する事で描かれる夢を実現するためのヒント>

 この「WORLD END ECONOMiCA Episode.1」という作品は同人サークルである「Spicy Tails」で制作されたサウンドノベルです。発売されたのはC80だったようですが、あいにくC80の時はこの作品に気が付かずその後メロンブックスで物色しているときに偶然見つけたのが出会いです。非常に手の込んだパッケージと近未来を思わせるような背景、そして現代ではないSFを扱ったプロローグが非常に気になってしまったという事で殆ど反射的に買っていました。後に調べてみたら、シナリオライターはあのライトノベルで人気のある「狼と香辛料」の作者であるとの事。この事も加わってプレイ前の期待度は俄然高いものとなっていました。感想ですが、特殊世界観を丁寧に細かく描く中で表現された夢というものを実現するためのヒントを垣間見れた気がしました。

 あらすじやOHPを見れば分かりますが、この作品の舞台は何と月です。しかも現代よりも科学力が発展し、月にコロニーを形成して人が住んでいる設定です。もうこれだけでもSF的ファンタジーさが滲み出ていて興味がそそられると思います。そしてそんな特殊な世界観を表現する為に背景には特に力を入れており、飽きる事無くこの世界観に入り浸る事が出来ました。プロットが魅力的でもそれが描写不足でいまいちプレイヤーに伝わりきらないという作品は多々ありますが、この作品についてはそんな心配はありませんね。パッケージやあらすじに惹かれたらほぼ間違いなく外れることは無いと思います。

 そしてこの作品の最大の特徴はやはり拘りをもって具体的に表現されたテキストにあると思いました。上でも書きましたがこの作品は月を舞台にした近未来的SF作品ですので、背景はもちろん文章の中でも徹底して説明することが肝要になってきます。この作品のテキストはその点に関して一切妥協することが無く人々の生活や地球と月の関係、経済的背景など独自の世界観を丁寧にテキストに起こしています。そういう意味でゲーム開始からいきなりそういった部分の説明的テキストが大半を占めて多少は驚くかもしれませんが、深く考えずザッと概要をつかむ程度で世界観を感じることは出来ますし合わせてこの作品のテキストの感覚が分かりますのでその後シナリオを進めていくうえでのストレスもそんなに無いと思います。

 という訳でそんな特殊世界観の描写について目のいく作品ではありますが、シナリオやテーマについても良く考えられた内容でした。特にシナリオについては登場人物1人1人に魅力があり、どのキャラクターも欠くことの出来ない存在として書かれていました。特に主人公であるヨシハルとメインヒロインのハガナについてはそのキャラクター性が一貫していましたし、シナリオが進むにつれて変化していく周りの状況に揺れ動く心の様子がリアルに表現されていて結構私の心にも響きました。この作品はヨシハルとハガナがどのように生きるかという部分、もっと言ってしまえばこの2人が将来どのような夢を実現したいかと言う部分が重要なファクターになっています。その部分についてシナリオ全体を使って書かれてましたので、途中ダレルとかそういった事は無く最後まで緊張してのめり込んで読む事が出来ました。

 後あらすじでも書いていますがこの作品で取り扱う内容に「株」があります。これについてはシナリオライターに拘りがあるのでしょうが、専門用語満載で特に細かく表現されていました。正直株式市場についてそれ程勉強してきたわけではない私にとっては完全に内容を把握する事が出来ず、大学で経済学部とかに入っていた人とか日常的に株式市場に関わっている人でないとついていけないのではないかと思いましたね。それ程までにテキストに拘りが見えましたし、専門的すぎて分からないという事はマイナスになる事はありません。まあ前提として持っている知識でこの作品に対する評価は大きく変わるのかなと思いました。

 という訳で色々と注目するべき点はありますが、世界観の表現を始め様々な部分で高レベルに仕上がっていて同人ゲームとしてはトップクラスの出来栄えだと思いました。やはりテキスト一つにとっても世界観一つにとっても、拘りがありそれをプレイヤーに伝えたいという意思のある作品は心に響きますね。ちなみにこの作品は全部で3部作だそうで今回はEpisode.1という事でしたので、このクオリティで2作目3作目と是非作っていって欲しいと思いました。おススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人が関わるものに絶対的な定理は無い>

 いやいや、正直あのエンディングは驚きました。確かに最後に何かどんでん返しがあるかとは思いましたけど、結果としてヨシハルはこれまで稼いできた全てのお金を失ったばかりでなく自分を信頼してきた人たちの期待にも応えられなかったわけですからね。ですがこれであの気が強いヨシハルが終わるとは思ってません。物語の中では出てきませんでしたが、エンディング曲の最後にちょっとだけ出てた松葉づえを突いて歩いている姿はこれからのヨシハルの躍進を思わせました。まだ3部作の1つめですので、物語はまだまだこれからです。

 改めて思えばこの作品はとにかくヨシハルの自分の夢に向かっていこうという気持ちが物語を動かしていたんですね。どうしてもメインヒロインであるハガナの心境の変化や可愛さに目が行きがちですが、それも全てヨシハルがハガナを巻き込んで同じ目的に向けて動き出したからハガナは成長できたわけですからね。そんな強い信念をもったヨシハルがこれで終わる訳がありません。きっと次回には復活してまたあの小生意気な口調で華麗に経済界に戻ってくることを期待してしまいますね。

 そしてこの作品のシナリオを語るうえでやはり経済と数学と人との関係について触れない訳にはいかないですね。ヨシハルはニュースやチャートを分析してそこから得られた情報を元に雰囲気で投資します。ですがハガナは株価の流れを一種の数学的法則に当てはめて論理的に投資します。どう見てのこの2つのやり方は正反対で融合などできるはずがないのに、この2人はお互いのやり方を組み合わせて大きな成果を上げていました。ですが最終的には株を扱うのも企業を動かすのも人であり、人が関係している分野については絶対的な数学的定理など存在しないというバートンの言葉が正しい結末でしたね。事実バーチャル投資の中では最後の読みあいの部分ではハガナのプログラムは外れましたし、ヨシハル達の命運を決める最後の投資ではヨシハルが思考を止めていたとはいえハガナのプログラムでは想定できない企業の動きの中に取り込まれて大損してしまいましたからね。まあそれはシナリオの中での流れでありそれが絶対ではないのかも知れませんが、私の心に響いたのは「人が関わるものに絶対的な定理は無い」と言う部分でしたね。

 私は学生時代はずっと物理学を学んでおりその中で絶対的なツールは数学でした。物理法則は人の気持ちや考え方では絶対に変化しない不変なものですのでそれを表現するのに最も適した言語は数学であり、世の中の事象の全ては数学で書き表せると信じていました。そういう意味でこの作品の中でハガナがやろうとしたことの気持ちは良く分かりますし実際それが実現できるものと思っていました。ですが実際は違ったわけですからね。それは何故か、やっぱり人が関係しているものに絶対はないからなんですね。それを再認識させられたシナリオでした。

 今回はオチとしてはヨシハルは株式市場で負けて自身の心を砕かれるというものでした。そしてハガナもそれに合わせて行方をくらませており、明らかなバッドエンドでした。ですが人が関わるものに絶対はないのなら、この2人がこのまま経済界の負け犬のまま終わるという事もあり得ません今後展開されるであろう2部3部ではまた一つ成長した2人が見れることを期待して、この辺りで終わらせようと思います。何れにしても丁寧な世界観と明確なテーマ性を全面に押し出した傑作だと思いました。これからも良い作品を作ってくれると期待しますね。


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