M.M 魔法使いの夜 -WITCH ON THE HOLY NIGHT-


<奈須きのこの描く世界観を表現する為の完成された背景、音楽、そして演出>

 サウンドノベルを割と嗜んでいる方であればまず間違いなくこの作品の名前は聞いたことがあるかと思います。この「魔法使いの夜 -WITCH ON THE HOLY NIGHT-」という作品は「Type-moon」が2012年に発売したサウンドノベルです。現在サウンドノベル界の中でも抜群の人気を誇っているType-moonの作品という事でその注目度は大きく、Fate/stay night以来の新作という事で多くのファンがその発売を楽しみにしていました。私自身としてはType-moonの作品をプレイするのは月姫以来でして、久しぶりのType-moonということで非常に楽しみにしていました。感想ですが、とにかく奈須きのこの描く世界観を表現する為に用意された作品だという印象でした。

 もともと魔法使いの夜という作品は奈須きのこが14年前に完成させていた作品だという事です。そういう意味で往年のファンにとっては真新しいものはないのかも知れません。ですが、OHPでも書いてありましたがこの作品はとにかくサウンドノベルとしての魅力を全面に出した作品です。同じ作品でも文章としての印象とサウンドノベルの印象では確実に違うと思います。そういう意味で往年のファンもそうでない方でも楽しめる内容だったと思います。ではどのようにサウンドノベルとしての魅力を出したのかと言いますと、ずばり背景、音楽の使い方、そしてそれらを統合した演出にあったと思いました。

 まずは背景です。この作品には所謂立ち絵というものがありません。つまり人物や背景を区別せずそれぞれの場面に合うように書いているという事です。その枚数は正直数えることは難しく、よくもまあこれだけの枚数を書き上げたと感心しております。さらにその背景ですが1枚1枚が非常に細かく、私が今までプレイしてきた作品で一番きれいだと思った「ef - a fairy tale of the two.」よりも美しいです。開始1時間くらいはこの背景の美しさに惚れ惚れし、一気にこの魔法使いの夜という世界の中に引きこまれました。まさにサウンドノベルだからこそ成しえる技だと思います。

 次に音楽です。上で書いた見事な背景の雰囲気を壊さないよう、音楽にも非常に力を入れています。この作品は魔法使いが登場するという事で日本が舞台でありながら西洋風の雰囲気を漂わせています。その為音楽もヴァイオリンやピアノなどの西洋楽器が多く使われているだけでなくその雰囲気もとても上品に仕上がっています。特にOHPでも流れている「魔法使いの夜」という曲が象徴的ですね。この雰囲気そのままに物語を紡いでいきます。そしてType-moonの特徴としてやはりバトルは欠かせません。もちろんこの作品の中にもバトルはありますし、その時の音楽も非常に激しいものになっております。ですがただ激しいだけでなくどこか優雅な雰囲気も持っているんですね。とにかく作品の雰囲気を壊さないよう工夫された音楽ばかりだという事です。

 そしてそんな背景や音楽を最大限活用した演出がやはり最大の功労者だと思っています。この作品、とにかく動くんです。動くといってもアニメーションのように動くのではなく、数多くの背景を重ね合わせることで動かしています。その為1枚1枚の絵の綺麗さは損なうことはありませんので、素直にその圧倒的な情報量に感嘆すると思います。奈須きのこの特徴としてその独特の世界観があると思いますが、なかなか文章だけではイメージできない部分があると思います。そこを理解する意味でもこの演出は意味がありました。登場人物たちがどのようなバトルを繰り広げているのかを視覚的、聴覚的に理解できました。この辺りはサウンドノベルの技術的な進歩もあるのかも知れませんが、非常に洗練された演出だと思いました。

 という訳でとにかく奈須きのこの世界観を思う存分感じることのできる作品です。そしてそれは文章だけでは感じることのできないサウンドノベルならではの魅力だと思います。プレイ時間も約20時間程度という事で手頃ですので、往年のファンにはもちろん初めてType-moonの作品に触れる人には特におすすめです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<単純に奈須きのこの世界観を頭カラッポにして楽しんだもの勝ちなんでしょうね>

 …正直なところ設定とかシナリオとか良く分かりませんでした。確かにバトルシーンはかっこよかったですし登場人物も色々と頑張っていたのは感じましたが、結局魔術と魔法とか結界と聖域とか時空の流れとかその当たりについては考えるだけ無駄と判断しました。とりあえず登場人物たちが納得しているようでしたのでそれで十分です。それよりもそんな設定とかその当たりを理解しようとせず、素直にその凝った演出を楽しんだものが一番の勝ち組なんでしょうね。

 それでも1つ感じた事は、青子は魔法使いとしての立場を徹底的に貫き、草十郎は一般人としての立場を徹底的に貫いたからこそ橙子を退ける事が出来たんでしょうね。この2人(に限りませんが)、とにかく自分の信念と言いますか主張というものを曲げませんからね。曲げない中でも相手の事を認め相手の事を尊重する姿勢を持っていたから、本来ならありえない筈の共闘が実現したんだと思います。そしてその共闘を持ってしても橙子を退ける事は非常に困難だったわけですが、お互い死に直面するギリギリのラインになっても自分の信念を曲げなかったから奇跡が起きたんでしょうね。その当たりはある種のご都合主義もあったのかも知れませんねよくよく文章を読めば理論できな裏付けもあるのだと思いますが、そこまで読み込むにはちょっと体力が持ちませんのでこの辺りで勘弁してください。

 それよりもむしろ作品全体で妥協することのなかった壮大な演出の方が注目すべきポイントだと思いました。この作品、物語的には実はプレイ時間以上に短いですからね。魔女が2人いる、草十郎と出会う、消し去ろうとするが結局同居人になる、真の敵である橙子を退ける、プロット的にはこれだけですからね。それを登場人物の会話や風景描写、そしてあのバトル展開で約20時間の長さに仕立て上げたのは他ならぬ演出の力のお蔭です。正直この演出がなかったら作品としてはカラッポだと思います。文章に起こしたらP200も行かないんじゃないかと思うくらいです。それをここまで長いものにできたのは、間違いなくサウンドノベルの成せる業だと思っています。

 つまり、シナリオについては深く考察しようとせず何も考えないようにしてその凝った演出を思う存分楽しむのが、きっとこの作品を楽しむ一番のやり方なんだと思いました。何しろこの魔法使いの夜という作品は既に14年前に世の中に登場している訳ですし、今さらシナリオを楽しもうと思うこと事態世間的に遅れてると言われても仕方がありません。だったら最初から演出を楽しめばいいんです。日常の穏やかな雰囲気、魔女たちの優雅でコミカルな雰囲気、バトルの熱い演出、街の綺麗な風景描写、この辺りだけを見れば間違いなくここ最近のサウンドノベルの中でトップクラスですからね。

 という訳で、シナリオを考察することが好きな私のとってこの作品は名作とはちょっと呼び難いものでした。完全に奈須きのこの自己満足なものでありそれを表現する為だけの演出でしたので、私の様な新参にシナリオを理解するのは到底無理だったという訳です。そのあたりは他の作品をプレイして慣れるとか今後出るであろう設定資料集などを熟読するといった、時間のかかる努力が必要なのでしょうね。

 そういう意味で、本編をクリアした後の番外編の方はメチャクチャ楽しめました。こっちは純粋な推理物でしたので読みごたえがありましたし、本編で見せてくれた演出はそのままでしたのでそっちも楽しめましたし、なによりも番外編ならではの砕けた登場人物設定は素直に笑えましたので最高でした。正直この番外編があったからこそ80点台を付けたと言えます。これが無かったら演出以外なにも心に残らない作品になっていたかも知れません。

 という訳で、ある意味サウンドノベルの可能性を見ることのできた作品だと思いました。やはり文章だけでは伝わらないサウンドノベルならではの魅力というものはありました。これがあるからこそ私はサウンドノベルを続けていけるのだと思います。人気ブランドであるType-moonの演出力、しかと拝見させて頂きました。楽しかったです。


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