M.M 薄鈍アドベント


<群像劇の特性を最大限に生かした読ませる近未来もの>

 この「薄鈍(うすにび)アドベント」は同人サークルである「7-FIELD」で制作されたサウンドノベルです。入手したのはC82の時であり、その時は無数に入手したサウンドノベルの1つくらいの認識で特別プレイしようと思っていたわけではありませんでした。ですが入手したサウンドノベルの整理を行っていてこの薄鈍アドベントの持つ雰囲気が他のサウンドノベルとはどこか違っていて、久しぶりに読ませるサウンドノベルだなという印象を持ち一目置いていました。今回プレイした理由は前回前々回と学園ものをプレイしたという事で気分転換したかったという事が主ですが、それ以上に気にはなっていたので早くやってみたいという思いもありました。感想ですが、群像劇の特性を最大限に生かした読ませる作品でした。

 OHPにも書いてありますが、この作品は群像劇です。群像劇とは1つの出来事に対してそれぞれの登場人物の視点で語られる構成の作品を示します。実際この薄鈍アドベントもとある精神科医が主人公であり、その精神科医に訪れる患者達が語る事が全て1つの事件につながっていきます。それぞれの患者が語るエピソードは診察に訪れた日からさかのぼる事1〜2日くらいであり、約10分程度のエピソードの積み重ねです。初めは全く関係のない登場人物だと思っていたのですが、それが診察を進めていく中で少しずつ関わりを持っていく様子が見事だと思いました。同じ出来事に対して別々の視点で語られる事が群像劇の醍醐味であり、それが十分生かされた構成だと思いました。

 また主人公は精神科医でありますので、患者に対して診察と処方を行います。診察は上でも書いた通り患者に前回診察を行ってから今回診察を行うまでの間の出来事を語ってもらう事です。そして処方ですがこれは精神科医からのアドバイスになりますが、これが結構考えさせられる内容になっています。基本的に3拓の選択肢なのですが、どの選択肢も割ともっともらしい内容ですのでただキャラクターの分岐の為だけに用意された選択肢とは次元が違います。プレイヤーはちゃんと診察内容を吟味し前回の処方の内容を把握したうえで選択肢を選ぶ必要がある訳です。しかも後半になればなるほど他の患者との交わりや事件の確信が迫ってきますので単純にその人物だけを見ればいいという訳にもいかず、患者の回復に合わせて事件の真相も明らかにしなければいけません。そういう意味でも考える選択肢であり、やりがいがあると思います。

 そして当然処方された内容でその後の患者の行動が変わりますので、他の患者との交わりかたや事件の真相の解明具合も変わってきます。そういう意味で無数のルートが用意されているわけですので常に最善と思われる選択肢を選んでいく必要があります。そして最善の選択を選ぶことで患者の問題解決に繋がりますし、まして他の患者も交わりますので良いエンディングにたどり着くにはそれなりに苦労すると思います。まあそれだけやりがいのあるサウンドノベルであるという事ですし読みごたえもありますので、是非腰を据えてプレイして頂ければと思います。

 後特筆すべき事はシステム周りですね。この作品は2030年前後の近未来の世界ということで作品全体でそういった雰囲気を演出しております。その中でも顕著なのがシステム周りなのですが、次のエピソードへ移行するときやセーブ・ロードする時などで毎回データ読み込みで多少の時間をとられます。初めは演出という事で割り切っていたのですが人によってはデータ読み込みの時間がめんどくさくてイライラするかもしれません。毎回セーブする度に読み込みで10秒前後時間をとられるのはストレスですね。演出の為というのはあったのかも知れませんが読むという事を阻害する要素は出来るだけ排除するべきだとは思いました。

 という訳で一部気になる点もありましたがかなり読み応えのある作品でした。何よりも群像劇の特性を最大限に生かしており他のキャラクターとの交わりを大事にしているという事で頭を使うシナリオでした。選択肢も毎回考えさせられるものばかりでそれが故にいつも以上にバックログを確認したりと慎重に進ませて頂きました。最終的にエンディングまで10時間前後でしたので結果そこまで長いわけでもないですので、多少時間のある方におススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<患者のトラウマをマスクしたARシステムの解明が精神科医の役割だったんですね>

 久し振りに群像劇の面白さを感じる事が出来た作品でした。割と初期の段階でそれぞれのキャラクターが交じりだしその時に思ったことをそれぞれの視点で語ってくれましたので状況の把握が多角的に出来ました。元々3年前のテロやそれ以外の原因によって精神的に疾患を持ってしまったキャラクター同士の交わりという事で会話の内容も割と相手の心理に配慮したものであり、その当たりの駆け引きも第3者視点で楽しませてもらいました。

 正直この作品の状況把握は難しかったです。その理由ですがやっぱり各キャラクターの疾患の内容とARシステムとの関係の把握が難しかったことが原因でした。これがARシステムではなく普通の精神科医と患者の物語でしたらそれぞれの患者のみを考えればいいのですが、ARシステムとそれの暴走で発生するEs現象がより現状の把握を難しくしていると思いました。よって精神科医は患者の回復だけでなくARシステムの中身やEs現象の原因についても頭を働かせる必要がありました。それがこの作品の難しいところであり、また面白いところだと思いました。

 それでも基本的にどの患者も現状は良くないと思っており自分の力で回復しようという意思が強かったですのでその前向きさは良かったと思います。むしろ自分の力で良くしようという患者の気持ちを皮肉にも自分の症状が起因して発生するEs現象が邪魔をしてしまっている現状でした。そういう意味で、精神科医の役割は直接患者の回復を支援するというよりもEs現象のような余計な要素を省くことがメインだったと思いました。そしてそんなEs現象を省くためには患者自身が3年前のトラウマと向き合う必要があり、それが必然的に3年前の事件の全容を明らかにすることになる流れは見事だと思いました。

 結局のところARシステムはまだまだ改善の余地はあるという事ですね。人間の脳波の情報をキャッチして様々なサポートするという拡張現実な訳ですが、当然その人間の脳波が安定しなければARシステムが暴走するのも当たり前ですね。ニルヴァーナはその危険性について察知し実力行使した訳ですが、その実力行使の中で新たなトラウマが生まれてしまい、結果ARシステムの中で生活する人々の安定を脅かしてしまったという事ですね。割と実際の世界でもその内応用されるかもしれないと思わせるような近未来の世界観でしたが、このサウンドノベルを読んでまだまだ実用には遠そうだなとも思いました。

 何れにしても群像劇の特性を生かし患者自身が持っている疾患とARシステムのバグを明らかにしていくシナリオの流れは素直に面白かったです。問題解決の為に最良の選択肢を選ぶ手も緊張しましたし、とりあえずそれぞれの患者が何とか自身のトラウマを解決できてよかったです。自身のトラウマを解決しそれを他の人と協力してEs現象を応用する事で3年前の跌を踏むまいとする後半の流れは最高でした。またこのレベルの作品が出るのを楽しみにしています。


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