M.M 海の彼方に在る世界 -The future beyond the sea-


<登場人物の心理描写を多角的な視点で読み解く飽きの来ない作品>

 この「海の彼方に在る世界 -The future beyond the sea-」という作品は同人サークルである「OthelloProject」で制作されたサウンドノベルです。C82での戦利品の1つであり、爽やかなパッケージと学園ものの群像劇という事で十分に楽しめるのかなと思い手に取りました。プレイ前はどこにでもあるような学園ものかなと思っていたのですが、爽やかな雰囲気とその裏に秘められたテーマは唯一無二の物でありプレイしてよかったと心から思える作品でした。

 OHPにも書いてありますがこの作品は同じ部活に所属している5人の物語です。舞台は四方を海に囲まれた学園で部活の名前は海洋部、目的は世界の果てを目指すというものです。学園ものらしい爽やかで力強い雰囲気を感じるあらすじであり、これだけで十分楽しめそうな内容だと思えます。登場人物も男2人で女3人という事でボーイミーツガールとしても注目出来ます。

 そしてこの作品の最大の特徴は場面場面で視点がコロコロと変わる点です。メインの登場人物は5人で一応主人公は決まっています。前半こそはその主人公の視点が多いのですが、後半になるにつれて他の登場人物の視点での語りが増えていき様々な視点から物語を見る事が出来るようになります。学園ものという事で1人1人の揺れ動く心情が大事になってくるわけですが、全員の視点で語る事で多角的に捉える事が出来ます。ちなみに各登場人物であらかじめテキストボックスに色が割り当てられており、誰の視点で語られているのか一目で分かるようになっています。この辺りのシステム面の仕様も親切ですね。

 シナリオについては基本的にネタバレ厳禁な内容ですのでここでは語りませんが、物語の展開よりも本当に登場人物の心理描写をじっくりと味わって考えながら読んでいくことが大事になるのかなと思いました。男2人は爽やか系と勢い系、女3人はまじめ系と活発系と無口系とサウンドノベルの中では割と王道な設定ではありますが、当然それぞれの登場人物がそういった性格であり設定なのはそれなりの背景があります。そしてその心理背景は1週しただけではわからず、基本になる3つのエンディングを全て見る事で明らかになってきます。そんな心理背景が少しずつ解き明かされていくタイミングも良く考えられており、プレイヤーが心理描写に注目すればするほど飽きる事無く最後までプレイする事が出来ると思います。

 後はBGMですが、基本的に無料のダウンロードサイトからの引用が多かったですね。実はここだけの話、使われているBGMの半分くらいは既に他の同人ゲームで聞いたことがある曲でその曲を聞くたびのそっちのゲームを思い出してしまいました。私にとってサウンドノベルで重要視するのはシナリオと音楽であり、特に音楽の重要度はとても高いものですので他のゲームと被っているのは正直残念でしたね。それでもシナリオや雰囲気とマッチしていたので特別読むことを妨げる要因にはなっておりません。

 という訳でネタバレ無しだと中々この作品の魅力が伝わりにくい文章になってしまい申し訳ありませんが、王道な学園もののように見せてその実態は登場人物の心理描写に着目するべき割と深い内容です。そしてそんな心理描写が多角的な視点で表現される様子はプレイヤーを飽きさせない工夫だと思います。大作というものではありませんが、ちょっと短めで爽やかになれるサウンドノベルをプレイしたいと思っている方におススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人と人との繋がりが生きる力を生み出すんですね>

 まさか舞台が生と死の狭間の世界だとは思いませんでした。四方を海に囲まれているという設定もサウンドノベルにありがちなプロットだと思ったんですけど、それにも意味があると分かったときこの作品に対する見方が変わりましたね。全ての登場人物は死のうとしてこの世界にやってきた。そして生きるか死ぬかを選択しなければならない。そんな設定ですので全ての登場人物の心理描写に着目するのは当然だった訳ですね。

 非常に分かり易いシナリオだったと思います。ここは生と死の狭間の世界、そして海洋部のメンバーは陽花を除き生きるために世界の果てを目指す、言ってしまえばこれだけです。ですが重要なのはそんなシナリオではなく、登場人物1人1人が何故生きようもしくは死のうとしているのかを捉える事です。これを捉えるのは思いのほか難しく、5人それぞれが葛藤して最終的に船に乗り込むかどうかを決めていく訳です。

 ですが1人1人が最終的に船に乗って生きる事を決めたのはやはり同じ海洋部のメンバーとの心の繋がりがあったからでしたね。圭介は始めは恋人を追う為に生き返ってその後ちゃんと死のうと思っていました。ですがななみと出会いその強さに触れて2人で生きていこうと心に決めたわけです。そしてななみも圭介という人と出会いこの人と生きたいと思ったからこそ世界の果てを目指そうと決めたわけですね。琉奈も生き返っても両親と向き合えないと思っていましたが、皆の境遇に触れ生きようとする気持ちに触れて自分自身も両親を向き合う気持ちを手に入れる事が出来ましたし、孝一郎も部の皆と再開できるという思いを支えにして船に乗り込もうと決めました。人との心の繋がりが生きる力になるんだと強く思わせる内容でした。

 そんな中でも陽花の扱いは特別大きかったですね。陽花は生前に恵まれない家庭環境で両親からの愛情も得られず、更には失明して母親に裏切られてこの狭間の世界にやってきました。そんな陽花を説得し船に乗る事を承諾させるのはあまりにも難しく、正直最後まで陽花は船に乗らないだろうと思っていました。ですがそんな陽花が船に乗る決意をした事は純粋に嬉しかったですね。母親をもう一度信頼してみよう、目が見えなくてもここで得た絆を失いたくない、そんな思いが失明の恐怖を乗り越えさせたんですね。実際最後のCGでは陽花は笑っていました。海洋部全員との再開も実現できましたし、慎ましくも平凡な生活が帰ってきましたし、最高のEDと呼ぶことが出来ると思います。

 という訳でパッケージの印象では明るい雰囲気という感じでしたが生と死を見つめる作品であったという事で読み応えのある内容でした。その中でも人と人との繋がりを大事にして生きるという目標に向かっていく登場人物の心の変化はそれだけで響くものがありました。総プレイ時間は7時間程度と決して長い作品ではありませんでしたが、その短さにテーマを凝縮させた密度の濃い作品だったと思います。こんな作品に出会えるからこそ同人ゲームはやめられないですね。楽しかったです。ありがとうございました。


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