M.M Scarlett


<サウンドノベルにおけるエンターテイメント>

 この「Scarlett」は、かつて「銀色」や「みずいろ」で一躍注目を浴びるようになり2001年に代等した「埼玉連合」の一つである「ねこねこソフト」が遺作として世に出した作品です。今でこそねこねこソフトは復活して新作の開発に意欲を燃やしていますが、ねこねこソフトが解散すると聞いた時はそれはそれは悲しかった思い出があります(詳しくはこちら)。そんなねこねこソフトのスタッフ陣が「最後にやりたい事を詰め込んで作りました」と言った作品がこの「Scarlett」ということで、ファンとして早急にやっておきたいと思っていました。感想としましては、シナリオを深く掘り下げて読むというよりもとにかく楽しませるという事に念頭をおいた作品な気がしました。

 このScarlettが表現する世界は私たちが住んでいる現実、そしてそんな同じ現実に住んでいながらあくまで非日常を描いた作品です。シナリオライターである「片岡とも」をよく知っている方なら分かるかと思いますが、彼に現実世界を設定として物語を書かせるととにかく常人の想像の範囲を超えたこだわりを見せてくれます。最近だと彼が作っている同人サークル「ステージ☆なな」で発表された「Narcisus」がありますが、これも片岡ともの特異なこだわりを垣間見れる作品です。そしてこのScarlettにおける片岡とものこだわりは正直彼のどの作品よりも凄いです。どこで調べたのが、もしくは自分で考えたのか分かりませんが、ここまで現実的なフィクションは初めて見ました。

 そしてここが醍醐味なのですが、この作品のテーマは「現実の中にある非日常」です。ポイントは現実の世界でありながら私たちが絶対届かない非日常の世界を描いているという事です。非日常という事でふだん私たちが経験できない事を題材にしていますので基本的にワクワクします。さらにこの作品には安易なファンタジー要素は全くありませんので、非日常でありながらこの世のどこかで本当にこういった世界があるのではないかという期待も持たせてくれます。それがワクワク感に拍車をかけているのです。

 シナリオ事態に大きな波はあまり感じられませんでした。事実を淡々と進めていくことが主軸になっていますのでいつの間にか時間が経ってしまったなぁと思ってしまうほどテンポがいいです。テンポがいい上にワクワクしながら先の展開に進めるのはサウンドノベルに欠くことのできない絶対的な要素です。とにかく「読む」という行為を妨げるものはサウンドノベルにおいて基本的に敵です。片岡ともはこの点にも常に気を配り、読みやすくテンポを損ねないように工夫して文章を描いています。

 総じますと、この作品はサウンドノベルにおけるワクワク感、言いかえれば読み手をいかに楽しませるかという事を実によく考えていると思いました。サウンドノベルはあくまで読み物ですのでそんなにエンターテイメント性は必要ないのかも知れません。ですが、特別アクション要素やミニゲームなどのシステムを取り入れずにいかにエンターテイメントするかに挑んだ意欲作だと思います。最後にやりたい事をやったと言ってましたが、まさにねこねこソフトの有終の美を飾る作品に相応しいです。涙を流すような大きな感動は無いかもしれませんが、短めでワクワクしながら読める作品として申し分ありません。店頭や中古屋で目にとまったら是非プレイして頂きたいですね。

 そういえばもう一つエンターテイメント性がありましたね。それはねこねこソフト特有の「エンディング後のおまけ」です。知っている人は知っていると思いますが、このScarlettのおまけは半端ないです。まさにエンターテイメントです。これを目指してプレイするのもありです。あと最後に言い忘れましたが、男性ボイスパッチは絶対当ててください。これが無いと開始5分で泣きを見ます。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<隣の芝生は気持ち一つで手に入れる事が出来る>

 私は正直「諜報員」という職業がどういうものかを知りません。ましてやここで出てくる「高級諜報員」なんておそらくは片岡ともが考えた空想の職業でしょう。それでも世界のあらゆる都市や時間間隔などを丁寧にリアルに描くものですから、本当に高級諜報員がいるのではないか思ってしまします。

 そして、そんな高級諜報員の世界は誰がどれだけ努力してもたどりつけない世界、まさに現実にありながら経験する事の無い「非日常」の世界です。そんな世界に明人が憧れを描くのは至極当然の事でしょう。だかさこそ、自分の生き方に何かしらの退屈を感じていた明人があのフェンスを越えるのはある意味当たり前の行為です。

 ですが、そんな風に高級諜報員を羨ましく思うのは多くの一般人です。では逆に高級諜報員の人々はどう思っていたのでしょう。今度は逆に一般人の生活に憧れを抱いていました。それが「しずか」です。しずかは物心がついてから(別当・スカーレット家の一員になってから)はずっと高級諜報員としての生活をしてきました。ですがそれは身寄りのない自分の居場所が欲しかったからで、じぶんがどういった人生を歩みたいかといった事を考える余裕はなかったのではないかと思いました。とにかく寂しい、生きたいという思いが先行して今のしずかがあります。そんなしずかの心に変化を生じさせたのが、よそから来た明人です。

 やはり明人は特殊な人間です。それは、明人だけが唯一日常と非日常の境界線を越えた人物だからなのです。高級諜報員の世界はとにかく家柄が重視され、決して交わる事はあり得ません。そんな壁をいつの間にか越えてきた明人には、能力以上の魅力があったのかも知れません。最終的に明人が切っ掛けとなってしずかも自身の日常から非日常の世界へ旅立っていきます。

 そしてもう一人の主人公である「九郎」ですが、彼があこがれたのは一般人の生活ではなくあくまで「明人の生き方そのもの」なのではないかと考えました。彼にとって一般人になることはさほど難しくはありません(逆は無理ですが)。だからその気になればしずかのように非日常の世界に行くことが出来るのです。ですが、やはり慣れというものは怖いですね。自分にとっての日常である高級諜報員としての生活が染みついて簡単に離れる事が出来なくなってました。そんな彼にとって最大のあこがれは、自分の気持ち一つで日常と非日常を飛び越えた明人(としずか)なのではないかと思います。それでも最終的に結婚相手を美月にすることで、少しは自分の気持ちに正直に生きれたのではないでしょうか。

 まあ、三人とも対象は違いますけどそれぞれ自分が持っていないことに対して憧れを抱くものなのですね。やはりどんなものでも隣の芝生は蒼いんです。それでも気持ち一つあれば不可能なく超える事が出来る。この作品はそんな事が言いたかったのかも知れません。


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