M.M あまいしる


<「この世はーー砂糖に支配されているの」  →  Yes? or No?>

 この「あまいしる」は同人サークルである「活動漫画屋」で制作されたビジュアルノベルです。活動漫画屋さんの作品では過去に「柊鰯」の方をプレイしたことがありまして、美しい人物及び背景描写と小説を読んでいるかのような縦書きのテキストが印象に残っております。今回プレイした「あまいしる」はC87での新作でして、パッケージに書かれた美しく線の細い女性の絵柄は一目でプレイヤーを魅了する力を持っております。タイトルと絵柄だけではどのようなシナリオなのか想像できません。それもまた、この作品の魅力となっております。

 「この世はーー砂糖に支配されているの」

 とても興味深いキャッチコピーだと思いました。公式HPでも書かれておりますが、この作品のジャンルは「世界征服陰謀論ヴィジュアルノベル」となっております。世界征服とか陰謀論とか、パッケージの透明感とは似ても似つかないジャンル名ですね。ですがそこはご安心ください。別にパッケージの女の子が世界征服を行う壮大なアドベンチャーが始まる訳ではありません。この作品は、砂糖というものがどこから生まれてどのように世界へ広まっていったのかということを描いたシナリオとなっております。パッケージに登場する2人の女性が語り部となり、時に分かりやすく時に緊張感を持たせながら砂糖について語ってくれます。

 最大の魅力は砂糖というものについて徹底的に調べ上げたテキストだと思っております。砂糖という言葉を聞いて皆さん何を想像するでしょうか。甘い、白い、太る、体に必要、私が10秒考えて出てきたのでざっとこんなものでした。ですがあなたは砂糖というものの起源はどこにあるか知っているでしょうか?砂糖をめぐって過去にどのような歴史が刻まれたか知っているでしょうか?そしてその事を知ったとき、あなたはこれまでと同じように砂糖に対して接することが出来るでしょうか?もしかしたら、あなたは既に砂糖というものに取り付かれてもはや砂糖無しでは生きていけなくなっているのではないでしょうか?そこまで大げさではないかも知れませんが、作品全体を通してタイトルで書いた「この世はーー砂糖に支配されているの」というものの根拠について語っております。

 プレイ時間は私で1時間15分掛かりました。透明感のある線の細い女性の絵柄と場面場面に応じたBGM、そして砂糖というものに対して徹底的に調べ上げたテキストが時間の経過を忘れさせてくれます。そして、是非プレイヤーの皆さんには「この世はーー砂糖に支配されているの」というキャッチコピーに対して自分なりの答えを見つけて欲しいですね。砂糖による世界征服という陰謀論、そんなものが本当に存在するのでしょうか。この事に答えを出すこと、きっとそれがこの作品で表現したい事の一つだと思っております。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<目の見えない奴隷にならない為に気を付けなければいけない事とは?>

 正直驚きました。圧倒的な引用の数、ともすれば唯の説明文になってしまうところを場面展開させるBGM、ところどころに挟み込まれる氷室沙弥香と佐藤椿の掛け合い、これが最後まで集中力を切らすことなく読ませた理由なんだと思いました。非常に計算されたテキストに製作者の推敲の跡が見受けられました。

 この作品を通して言いたかったこと、それは恐らくタイトルに書いた「目の見えない奴隷になるな」という事なんだろうと思います。砂糖の歴史は戦争の歴史、そして砂糖による経済の流れの裏で犠牲になっている人々がいたという事は紛れもない事実です。しかしだからと言って今日から砂糖を摂取するのを辞めると思っても、それを実現するのは不可能です。何故なら既にこの世に砂糖は浸透していて、もはや砂糖を使っていない料理の方が珍しいからです。大事なことは、砂糖を取らないことではなく砂糖を通して知った事実について他の事にも応用を効かせてみるということです。

 例えば、今あなたはスマートフォンを使用しPCを使用して日々生活しております。そしてある人は電車に乗り通勤し、ある人は車に乗って移動している事だと思います。しかし、その列車を動かすためにどれ程の人が関わっているのでしょう。今あなたが運転している車はどれ程のパーツを組み合わせて作られているのでしょう。そして目の前にあるスマートフォンやPCを動かしている蓄電池や電力は誰が発電しているのでしょう。そうした普段何気なく使っているものは、決して当たり前に存在しているのではなく誰かの労力によって存在しているという事です。そうした事に思いを馳せる事が今の私達には出来ます。「目の見えない奴隷」から「目の見える人間」になる事が出来るのです。

 最も分かりやすい例えに「原子力発電」があるのではないでしょうか。原発は安全と言われておりましたが、東日本大震災によってその神話は崩壊し原発周囲20kmに立ち入れない状況は続いております。この時多くの人が原発について何も知らないという事を思い知った事でしょう。そして今回の震災を契機に原子力について勉強した人はいるでしょうか。勉強した人はきっと「目の見える人間」なのだと思います。勉強せずにテレビの言うことに右へ左へ動く人はきっと「目の見えない奴隷」なんだと思います。勿論知識をつけたところで人一人の力は大した事はありません。それでも自分で自分の歩く道を選択することはできます。

 作中でも「正しい知識とは何か?」「無知の知とは何か?」といった問いかけがありました。哲学的な問いかけではありますが、一度しっかりと向き合う必要性はあるのかなと思います。また引用も一冊の本だけではなく複数の本からされておりました。本には当然書いた人間がいます。そして一人の人間よりも複数の人間の意見を聞いたほうが判断材料が増えます。目の見える人間になって、果たして何を見るのか。そして見た先の景色はどのようなものなのか。目の見えない奴隷のままで、くれぐれも、和服の女性に気づかないうちに取り込まれないよう、お気をつけて。


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