M.M 雨のマージナル


<片岡ともさんの持つサウンドノベルに対する拘りを感じて欲しいですね>

 この「雨のマージナル」という作品は同人サークルである「ステージ☆なな」で制作されたサウンドノベルです。ステージ☆ななさんについてはこの業界の方であれば知っている方も多いかも知れません。ねこねこソフトでシナリオライターとして所属している片岡ともさんの個人サークルです。2005年に発表された「Narcissu」はそのストイックな作り込みでありながら死をテーマにしたシナリオで多くの方がプレイしたと思っております。今回プレイした「雨のマージナル」は、現在ラノベなどでも発売されている「水のマージナル」と同じマージナルシリーズでして、ステージ☆ななとして本当久しぶりのサウンドノベルです。片岡ともさんのテキストが読めるという事でC87終了後いの一番にプレイしてみました。感想ですが、呟くようなテキストと哀愁漂う風景描写にああ確かにこういう作風だったなと懐かしく思ってプレイしてました。

 主人公は日々の繰り返される仕事生活に嫌気が差した社会人です。ある日いつもの通り仕事場が入っているビルのエレベータに乗るのですが、7Fまでしかないはずのビルに何故か8Fの押しボタンがありました。始めはイタズラに思った主人公ですが何か違った世界が待っているかと思い8Fのボタンを押します。そして扉の先には、ずっと続く石畳の空間と止むことのない雨が降り続く世界が広がっておりました。そして主人公はそこで一人の少女とであります。名前は凛。果たして彼女は何者なのか、この世界の構造はどうなっているのか、主人公は元の世界へ帰れるのか、ワクワクする導入で一気に世界観に引き込まれました。

 最大の魅力は雨の降りしきる世界の描き方です。パッケージの裏に書かれているのですが、この作品はサウンドノベルであり絵は殆ど出てきませんとあります。最低限の背景と僅かなキャラクター描写のみで多くはプレイヤーの想像に任せている部分があります。非現実的などこまでも続く雨の降りしきる世界、その広さはどのくらいなのか、気温・湿度はどんなものなのか、そして雨の強さはどのくらいなのかなど色々と想像して頂ければ楽しくなると思います。勿論全てを想像に任せている訳ではなくテキストで説明はしております。ですがそのテキストも最低限の設定をプレイヤーに一致させるだけであり、やはり細かい部分は書かれておりません。自分だったらこの世界にいたいと思うのか、それとも一秒でも早く帰りたいと思うのか、それもプレイヤーごとに全然違うのでしょうね。

 そしてこれはステージ☆ななと言いますかねこねこソフトの作品に特徴的なのですが、テキストが非常に読みやすいです。それは文章という意味ではなくシステム周りです。片岡ともさんが過去に話していたのですが、一画面にテキストは二行までしか載せないそうです。その方が頭の中にスムーズに情報が入りテンポよくクリックすることが出来るとの事。実際私にとってもこの位の情報量が読みやすく、ストレスなく読み続ける事が出来ました。またBGMは「Narcissu」で使用していたものが主で、シリアスな世界観に非常にマッチしております。片岡とものファンであれば初めてプレイするのにどこか懐かしさすら覚えるかもしれませんね。

 プレイ時間は私で1時間45分掛かりました。この作品は幾つかの章で分かれております。それぞれ10分前後で読み終わる事ができまして、自分のテンポで休憩を取り区切りよく始める事が出来ます。ちなみに雨のマージナル終了後に「Narcissu」の追加エピソードも登場します。追加エピソードだけではなく「Narcissu」全シナリオも読めますので、まだ読んだ事がない方はこの機会に読んでみては如何でしょうか。企業ではない同人だからこそ出来るストイックな作風、片岡ともさんのサウンドノベルに対する拘りも合わせて感じて頂ければと思います。


→Game Review
→Main


以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<彼女はきっと自分の生き方を認めて欲しかったのだと思います>

 彼女はきっと自分の生き方を認めて欲しかったのだと思います。理不尽な生い立ちで誰からも人として認めてもらえず、その上で姉を殺され自分自身も野垂れ死になりかけました。こんな人生に誰が満足することが出来るでしょうか。姉のためにただひたすら贖を全うしようとした彼女、それは同時に姉のために自分はここまで頑張ったんだという証を残したかったのだと思います。

 結局のところあの雨の世界は何だったのでしょうか。彼女や郎女は反省室と言ってましたが、思うに自分という存在が希薄になった人がやってくる場所なのだと私は思いました。主人公は死にたくはないが生きたくもないと自分の存在価値が殆どなくなっている状態でした。社会の歯車となり人として認められない毎日です、このような気持ちになるのも納得だと思います。そしてそんな気持ちは彼女も同様で、神からの借りを返すためだけに存在する自分に人間性なんて感じてもらえませんでした。そんな人達が本当に死んでしまう前に、一度この時が止まった世界にやってくる事で自分を見つめ直す機会を持つのだと思います。

 反省したければ反省すればいいのです、それで自分の存在価値が認められればそれで良いのですから。彼女は神に反抗し一旦は贖を中断しました。ですが心の底ではとんでもない事をしてしまったと思ったのだと思います。何しろ自分が声を出すことで姉の人生を棒に振ってしまったのですから。神なんてどうでもいいというセリフは彼女の精一杯の去勢でした。だからこそ再び贖を始め、三百三十三年と三ヶ月と三日間という期間をやりきったのだと思います。これは神に負けたのではありません。姉のため、そして自分のための贖でした。そして贖を達成しても神は何もしませんでしたが、主人公はやってきました。郎女の手解きもありましたが、郎女の力でも一般人をあの世界へ連れて行くのは不可能なのだと思います。それを可能にしたのは、間違いなく彼女の気持ちに整理がついたからだと思っております。

 結局のところ郎女とは何者なのか、何故昼は姉で夜は妹なのか、彼女の涙は何故現世に流れ落ちるのか、そしてその意味は何なのか。色々と語られない部分もありますが、その全ては彼女の気持ちの揺れ動きがもたらした奇跡だと思っています。このあたりについては水のマージナルとも繋がっているようですのでその時に分かると思います。そう、水を操る力の原点はここだったんですね。面白い伏線だと思いました。あの雨の降りしきる世界がどのようにマージナルと関わってくるのか分かりませんが、再登場した時もこの寂しい雰囲気はそのままでいて欲しいと思いました。片岡ともさんらしいテキストで描かれた世界は本当に曖昧で不思議だとは思いましたが、納得できるまでいつまでも待ってくれる本当の意味で優しい世界なんだなと思いました。ありがとうございました。


→Game Review
→Main

inserted by FC2 system