M.M 夏空のペルセウス


<minoriらしい夏で描かれる人の痛みというものを表現した物語>

 この「夏空のペルセウス」というゲームはminoriから発売されたサウンドノベルです。minoriのノベルでプレイしたものは「ef - a fairy tale of the two」の関連シリーズのみなのですが、業界の中でもトップクラスの背景の美しさと人の心について真っ直ぐ捉え直喩で表現する文章表現が気に入り私が好きなゲームの中でトップ10に入っております。まあ元々シナリオライターである御影が好きだという事もあったのでefシリーズに手を出した経緯があるのですが、そんな御影が関わっている新作がこの「夏空のペルセウス」です。冬なのに夏をメインにもってきたタイトルとヒロイン全員が巨乳という事で元々注目度は高かったのですが、私としてはやはり御影のシナリオを読みたいという思いで購入を決めておりました。感想ですが、短いながらも伝えたい事を過不足なく伝えられているシナリオに満足感を覚える事が出来ました。

 minoriの魅力としてまず一番に浮かぶのは、上でも書きましたがやはり背景やCGの美しさがあると思います。私はefシリーズしか知らないのですが、細部にまで拘った丁寧な1枚絵はそれだけ見ていても飽きることは無くさらにそんな1枚絵が100枚以上使用されておりました。これだけで制作時間の長さは想像を絶すると思いますし、これだけで一気に世界観の中に引きこまれてしまいました。夏空のペルセウスもそんなminoriらしい背景やCGがふんだんに盛り込まれており、夏の田舎の情景が丁寧に描かれております。特に向日葵畑や野花が出てくるシーンがあるのですが、花の1輪1輪に命が吹き込まれているようで思わず文章を読み進める手を止めて背景に見入ってしまったほどです。

 後はBGMもminoriらしい個性を持っていると思います。メインコンポーザである天門の作り出すおとぎ話の世界にいるかのような音楽は必然的にプレイヤーの心も落ちつけてくれますし、綺麗な背景やCGの相乗効果でminoriらしい夏が演出されております。ですがこのminoriらしい夏という点で言えば人によって好き嫌いはあるのかも知れませんね。先ほども書きましたが天門の作り出す音楽はおとぎ話のような世界にいるかの様だと形容しました。逆に言えばリアルな世界観を表現しているかと言えばそうではないですので、「夏!」というものを期待してプレイすると案外期待とは違ったものになるのかも知れません。丁寧であり綺麗であるがゆえにリアルさを失ってしまう。まあこの辺りはアンビバレントな関係ですので素直にminoriらしい夏を堪能するのが良いのかと思います。

 そしてシナリオです。OHPでも書かれておりますが主人公とその妹は特殊な「他人の痛みを自信に移せる」という能力を持っております。そして今回主人公と妹が引っ越してきた田舎村には他人には話せない「痛み」を持ったヒロインが待っております。このプロローグだけでこの物語は決して明るいものにはならない、人の心に触れて文字通り痛い思いをしなければ解決しないシナリオが待っていると予測できます。このゲームをプレイして考えさせられたのはやはり「痛み」とは何なのかという事ですね。ケガをすれば痛いですし病気になれば痛いですが、これは体が発する危険信号ですので人間が生きていくうえで痛みは無くてはならない感覚です。そして痛みは物理的なものだけではなく心の部分でも使います。そんな人の持つ痛みという事について考えさせられるシナリオですので場面によっては苦しくなることがあるかも知れませんね。

 ですがプレイ時間としては思ったよりも短かったですね。私で完全クリアまで10時間程度でした。ですがこれはシナリオが薄いという事ではありません。余分な要素を省き言いたいことを凝縮した結果だと思っております。少なくとも退屈することなくエンディングまでたどり着けると思います。まあ、そんな事を言いながらHシーンの数も結構多いんですけどね。何しろ夏空のペルセウスは「全ヒロインが巨乳」というキャッチフレーズで売り出してきたわけですから、少なからずHシーンに力が入ってなくては詐欺に近いというもの。何が言いたいのかと言いますと、シナリオは凝縮されておりHシーンもボリュームがあるコンパクトでまとまったサウンドノベルであるという事です。

 という訳でminoriの作品をプレイしたことがある方であれば安心してプレイする事が出来ると思います。圧倒的な背景と幻想的なBGMで作られたminoriらしい夏に包まれながら人の痛みを表現したシナリオを味わってHシーンを活用して頂ければ、この夏空のペルセウスを100%楽しむことにつながると思います。大作とは呼ぶことは出来ませんが総合的にみて非常に良質なサウンドノベルですので初心者から熟練者まで誰にでもおススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<痛みは一方向ではなく双方向で分かち合う事で意味を持つんですね>

 全てのシナリオをプレイし終わって思ったことは、人の痛みというものは1人で解決するものではなく相手と2人で分かち合って解決するものなんだなという事でした。そうすれば痛みがあってもそれを乗り越える事が出来ますし、逆に1人で解決できたとしてもそれは本質的に解決できていないんじゃないかとも思いました。

 森羅と恋は半ば強制的に他人の痛みが自身に降りかかってしまいますので、誰よりも自分が痛い事の辛さを知っておりますしそんな痛みを避けたいという思いも人1倍強いです。そしてそんな生活を10年以上してきてますので、必然的に他人への観察力というものが人1倍強くなってしまいそれが故に自分のカムフラージュに長け他人と深く関わらない術を無意識のうちに身に着けていったのだと思います。それは自分自身を守るための行動ですし、こんな特殊能力を持った以上避けられない運命であったわけです。

 ですがそんな人の痛みというものについてある意味世界で一番詳しいはずの森羅と恋ですが、その痛みを無くする方法については実は知らなかったんですね。自分自身が我慢すればいい、それだけで相手が持っている痛みが消えるので幸せになるはずである。こんな感じの思考で止まってしまいいつしか痛みの本当の解決というものについて考えなくなったのでしょうね。どうじて自分だけがこんな能力を持ってしまったのだろう?幼いころに思った疑問は日々のすり減らされる生活の中で意味を失い、色々な事を諦めで生活してきたのだと思います。

 上で書いた考え方はいわゆる自己犠牲と呼ばれる考え方ですね。非常に高尚な考え方だと思います。ですが、自己犠牲というものは得てして他人は求めていないものであるという事は良くあると思います。冷静に考えれば分かると思います。逆の立場で当てはめれば、自分の為に相手が犠牲になる訳です。それで自分が幸せになれるかといったらそんな事はありません。むしろ自分の為に相手に苦労をさせてしまったとかえって悩んでしまいそうです。まあ自己犠牲というものは基本的にやっている本人は納得してやってますので冷たい言い方をすれば気にしなければ双方幸せになれると思います。ですがそう単純には行かないのが人間というものだと思います。

 今回のヒロインに対しても主人公は自分で痛みを引き受ければ解決すると思っていました。ですが実際はそうはいかずかえって状況を悪化させてしまいました。そして主人公は解決方法が分からず1人悩み苦しむことになる訳ですね。そして悩んだ末に見つけ出した答え、それは自分の正直な気持ちを相手にさらけ出す事でした。自分が相手の痛みを引き受けたいと思うのであれば当然相手も自分の痛みを引き受けたいと思う訳です。お互いがお互いの痛みを引き受ける。一見プラスマイナス0に見えますがよりお互いの事が理解でき痛みが消えてない筈なのに問題が解決してしまいました。

 結局人の痛みというものは一方向だけでは解決できないんですね。相手の気持ちを理解した気になってる状態ではダメで、相手からちゃんと言葉を聞くことが大切なんですね。一方向ではなく双方向で痛みを共有する事、それが大切になるのかなと思いました。これは痛みだけでなく日常生活でも同じですね。相手の考えが分かったつもりになって動いてもそれは大概外れているものです。ちゃんと相手から発せられた言葉やメッセージを受け止めて初めてコミュニケーションが成立するのだと思っております。

 今作はそんな人の心の痛みというものの本質とそれの解決策について端的に表現したシナリオだったと思いました。いくら人の痛みを自分が引き受ける事が出来てもそれで自分が苦しんでいては相手が気が気じゃなくなりますからね。そんな一方向の能力は本来であれば必要なかったわけですね。最終的なEDでは透香のみ森羅と恋の能力は消えましたが、他のEDでも森羅は積極的に能力を使おうとはしないでしょうね。能力に捕われず人とコミュニケーションをとって理解し合う事、森羅にとってそんな簡単で難しい事に気づく事が出来た夏の出来事だったのではないかと思いました。


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