M.M 蟲ノ目


<伝奇物でありバトル物である事を最大限生かしたシナリオと人物設定は唯々驚きの連続でした>

 この「蟲ノ目」という作品は同人サークル「ヨツツジエコー」で制作されたサウンドノベルです。「ヨツツジエコー」さんを知った切っ掛けはCOMITIA104に参加した時でした。COMITIAにはサークル部活動という企画があり、CO104では「ノベルゲーム部」というまさに私の為にあるような部活動が企画されておりました。そのノベルゲーム部の本部の隣のスペースにいらっしゃったのが「ヨツツジエコー」さんであり、この時購入したのが「蟲ノ目」でした。その後「同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー2012」でも作品を拝見することが出来、これは是非早めにプレイしようと思っておりました。感想ですが、綿密に練られた世界観と登場人物の個性豊かなパーソナリティに唯々圧倒された15時間でした。

 公式HPでも紹介されておりますが、この作品は蟲毒と呼ばれるバトルロイヤルに巻き込まれた9人のキャラクターが織り成す物語です。始めは日本神話に基づいた伝奇物かなと思っておりそのような描写も数多く登場するのですが、その実は綿密に練られた各キャラクターの性格と能力で展開される本格的なバトルものです。主人公である二條久保(通称にぃ)は友人でありヒロインである三荊(通称さんちゃ)に夏休みをとある田舎で過ごす為に連れてこられます。この時点でまだにぃは何故さんちゃに連れてこられたのかは知らず、加えて自分に蟲の能力があることを知りません。知らず知らずのうちににぃは蟲毒に巻き込まれ、苦心しながらも生き残る為に奮闘する事になります。

 この作品の魅力は何といっても綿密に練られた登場人物たちの性格と能力ですね。どの人物も一癖も二癖もあるキャラクターばかりであり、何よりもバトルロイヤルですので当然真っ当なコミュニケーションすらとれない事もあります。加えてそれぞれの蟲に基づいた能力は様々な種類があり、それぞれの能力の長所と短所を計算しながらにぃ達はこのバトルロイヤルを進めていく事になります。攻撃型・防御型・後方支援型など能力の種類は多岐に渡っており、基本的に単独ではこのバトルロイヤルを制する事は出来ません。誰と共闘するか、どのような交渉をするか、唯の戦闘一辺倒なバトル物ではなく心理戦も重要な要素になっておりますので、そういった観点も考えながら物語を読み薦めると楽しいかと思います。

 ちなみに主人公であるにぃの能力は「マルチモニター」と呼ばれ、その実は自分の視点を増やして世界を視る事です。正直言って単体では攻撃も防御も出来ず最も弱い能力かも知れません。ですがこのバトルロイヤルは単独では勝ち抜くことは出来ませんので、主人公は基本的にヒロインであるさんちゃと共闘して戦うことになります。果たしてにぃが広げて視た世界に何があるのか、そして見えないものが見えたときにどのような選択をしていくのか、そしてさんちゃと協力してこのバトルロイヤルを制することが出来るのか、蟲毒の結末とその裏側をどのように解き明かして行くのかについても是非想像を広げて頂きたいですね。この作品は選択肢は無いのですが、プレイヤーはその時その時の状況を把握・考察し今後どのような展開が待っているのか、それぞれのキャラクターがどのような事を思っているのかなどをどれだけ想像出来るかが作品の魅力を堪能する鍵になっているかも知れません。

 その他についてですが、デフォルメされたキャラクターが可愛らしいですね。ですがこの作品は伝奇物でありバトル物でありますのでこのような漫画的な描写の方が戦闘描写を描くのに好都合のようで、通常の立ち絵と蟲を展開した立ち絵に違和感は全くありませんでした。他のノベルには中々無い魅力だと思います。後はBGMは結構拘りを持ってましてまるで生音の様な迫力を持つ楽曲も何曲かありました。それに対してループがかなり短い事が私的に以外でして、こういうBGMの作り方もあるんだなと感心してました。後はBGMに加えて効果音も様々でして、その時その時の状況を文章や絵だけでなく音でもプレイヤーに伝えてくれます。こういった物語とは直接関係の無い部分でも一切の妥協が見えず、製作者の熱意が伝わるようでした。

 そしてこの作品は同人ゲームでありながら結構プレイ時間は長めです。公式HPでは20時間とうたっております。選択肢の無い物語で20時間という事で非常に綿密に練られたボリュームのあるシナリオが待っております。そしてシナリオは全4章構成であり、何と第1章は無料DL出来ます。その第1章でも4時間程度のボリュームであり、作品の序章としてちょうど良いところで終わる仕様となっております。間違いなくその後の展開が気になり直ぐに第2章へ進みたくなると思います。現在各同人ショップで販売されておりますし各種即売会に参加された際には間違いなく入手できると思いますので、興味がある方はまずは第1章をプレイして頂き、その後直ぐに第2章以降に進んで頂ければと思います。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<全てはトライアンドエラーの連続、それは不可能に見える世界を可能に見せる究極にして唯一の方法>

 実に壮大なシナリオでした。始めは蟲の能力を駆使して戦うある種の異能バトル物だとばかり思ってました。それはそれで正しいのですが、登場人物たちは何の為に戦っているのか、誰の為に戦っているのか、そもそもこの蟲毒の世界が何故今日まで続いているのか、そしてマルチモニターで見えた世界の先にどのような真実が待っているのか、次々と明らかになる世界設定と登場人物の裏側の物語にマウスの左クリックが止まらない15時間でした。久しぶりに面白い文章を読んだな〜という気持ちにさせてくれました。

 この世界を動かしているのはほんのささやかな願いでした。それは誰も不幸にならない事でした。どの登場人物も好きで蟲付きになった訳ではありませんでした。好きどころか、殆どの登場人物にとって蟲は不幸の象徴でした。蟲のために愛する人たちが死んでしまい、また自分の意思とは裏腹に愛する人を殺してしまい、普通の人としての因果から外れてしまった訳です。そしてそれぞれの蟲付きの人が悩み苦しみ誰も不幸になりたくなかったのに、些細なすれ違いが今日までの悲劇を生み出してきました。蟲毒を制すること、それは本質的には誰も死なないことであるという結論にたどり着くまで、にぃとさんちゃは気の遠くなるような時間を費やす事になったわけですね。

 そして最終的に誰も不幸にならない世界を作る為ににぃは世界を何度も繰り返す事になりました。それはトライアンドエラーの連続であり、2週・3週と繰り返していく中で新たな情報を収集しそれに対する対策を講じて結果を検討していきました。そして始めは自分1人だけでしたがさんちゃを加え蟲毒に参加しているメンバーを加えどんどんトライアンドエラーを重ねていきました。その姿の根底にあった気持ちは上で書いた誰も不幸にしたくないという事であり、愛するさんちゃと輝ける未来にたどり着きたいという想いでした。正直章が進むにつれて明らかになっていく真実に私自身「無理だろ」と思った程でしたが、他の誰でもないにぃとさんちゃが諦めない以上プレイヤーもゴールにたどり着くことを諦めてはいけませんね。そんな風にプレイヤーまで巻き込んでささやかな願いをかなえる為に奮闘するにぃとさんちゃの姿は涙無しには見れませんね。全てはトライアンドエラーの連続であり、それが一見不可能に見える世界を可能に見せる唯一の方法なのだと思いました。

 全てプレイし終わって改めて気づいた事ですが、ヒロインであるさんちゃって最後の最後までカッコいいままの存在でしたね。どんなに自分が劣勢でも自分の下半身がなくなってもにぃが輪廻の外に閉じ込められても決して弱みを見せず、誰に対しても強気と余裕を忘れないヒーローの様な存在でした。体外このような世界系の作品では時に見せる弱みにグッと惹かれるようなシナリオ展開が良く見られますが、それが無いのにここまで愛着が持てるキャラクターに昇華されているのは圧倒的なカリスマ性が成し得る魅力なのだと思いますね。そしてそんな圧倒的なさんちゃに基本引きずられる側のにぃでしたが、心に秘めた想いは誰よりも強く最後は自分の力で蟲毒を終わらせる事が出来ました。にぃとさんちゃ、互いを信頼し互いが信じるものを完遂する強い気持ちがあったからこそ、誰も不幸にならない世界にたどり着くことが出来たのだと思っております。

 振り返ってみればとにかく驚きの連続でした。それはひとえに20時間を想定したプロットを作る段階から綿密に練られたシナリオの為であり、そのシナリオを盛り上げる為に用意されたBGM・効果音・絵・そして演出の組み合わせがあってのものだと思っております。後は章単位で一旦状況をまとめてくれるストーリーテラーは見事だと思いました。この手の作品って設定が一人歩きしてプレイヤーを置き去りにしてしまう事がよくあると思いますが、その点にも配慮して興奮しながらも落ち着いて文章を読み進めることが出来ました。そしてシナリオの盛り上げ盛り下げ、キャラクターの魅力の伝え方、全てが計算され尽くされておりそれは全てプレイヤーの視点に立つ事で作者自身がトライアンドエラーを重ねて作り上げた成果だと思っております。久しぶりに熱く温まる気持ちになることが出来ました。ありがとうございました。


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