M.M Kill me , Kiss you-前編-


<生きるとは何か、死ぬとは何か、是非自身の人生観と照らし合わせて考えて欲しいですね>

 この「Kill me , Kiss you-前編-」という作品は同人サークルである「Nix*」で制作されたビジュアルノベルです。Nix*さんの作品では過去には「猫は永遠を知っているのか。」をプレイした事があり、女性的で生々しい心理描写と容赦のないダークな設定が大変印象的な作品でした。今回プレイした「Kill me , Kiss you-前編-」もそんなNix*さんらしい愛憎表現があり、一文一文をしっかりと読み込んで登場人物の心理状態を考える事が求められました。感想ですが、極限的な設定の中で描かれる人生観は自分自身の生き方を考えさせる鋭いものでありました。

 男は奴隷として地下で働き、女は地上でのうのうと暮らしている世界。そんな世界で主人公である獨芹依花(どくぜりよりか)は一人の女の子に恋をします。その女の子の名前は雉隠和(きじかくしなごみ)。二人は相思相愛の関係であり、一緒に裕福な生活が約束されている牢獄への就職を目指し励んでおりました。ですが、ある日突然和は転校してしまい依花は一人取り残されてりまいました。それでも再び和と会える日を信じて、何よりも和との約束を果たすために必死で勉強し見事牢獄への就職が内定しました。果たして牢獄で待っているものは何なのか、彼女が行う仕事とは何か、そして和との再会は実現するのか、独特の世界観で描かれる愛憎劇の幕開けです。

 依花には普通の人が持っていない癖がありました。それは殺人癖。幼い頃から虫や動物を殺すことに対して何も思わないどころか快感を感じており、それが故に周囲から疎まれ嫌煙されておりました。そんな幼少時代ですのでまともに愛情を受けたことが無く、基本人間を疑い警戒する毎日を送っておりました。ですがそんな依花に話しかけたのが他ならぬ和です。普通ならば話しかけるなんて絶対にしないはずなのにそれでも声をかけた和、結果としてその事が切っ掛けで二人は相思相愛の関係になりその後の数奇な運命につながります。そして物語全般を通してこの殺人癖が意味を持ってきます。それは二人の関係に留まらず牢獄での仕事内容や上司との関わり方にも影響を与えます。中々お目見えする事のない癖を持った主人公ですので、是非どのように社会に関わっていくか、そして自分自身とどのように向き合っていくのかを感じて頂ければと思います。

 そして殺人癖を持つ主人公ということで当然人を殺す描写が登場します。それも結構な頻度で登場します。加えてビジュアル的には勿論ですが効果音やテキストでその痛々しさや生々しさを十二分に引き出しておりますので、慣れるまで多少時間が掛かるかもしれません。ですが人を殺すということはその事実よりもむしろその行為に及ぶまでの心理描写の方が重いというものです。何故彼女は人を殺すのか、それとも人を殺さなければいけない状況に陥ってしまったのか、そもそもこの世界の社会構造はどうなっているのか、是非プレイヤーの皆さん自身の眼で真実を暴き出して欲しいと思います。そして人を殺した先に待っているものは何なのかという事にも注目です。人殺しは一般的には裁かれるべき罪です。ですがそれはどのような状況でも罪なのでしょうか。生きるとは何か、死ぬとは何か、是非自身の人生観と照らし合わせて彼女達の行動に注目して頂ければと思います。

 プレイ時間は私で約8時間掛かりました。この作品、選択肢の数が割と多くそれに伴いエンディングの種類も多いです。主人公の行動一つで周りの人の運命が変化し、因果応報の結末に繋がっていきます。果たしてハッピーエンドは存在するのか、そもそも何を持ってハッピーエンドなのか、それすらもプレイヤーに委ねられております。またどうしても全てのエンディングにたどり着けない方の為に攻略チャートも入っております。時間がない方は是非こちらをご覧になっても良いかもしれません。是非全てのエンディングを確認していただき、彼女達の生き様を感じて頂ければと思います。愛憎の果てに待っているもの、それを良しとするか否とするか、多くの方に考えて頂きたいですね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<お互いがお互いに依存する、それは決して弱い事ではなくお互いを高め合う事。>

 何ともまあ理不尽な世界だと思いました。ちょっとした不幸で離ればなれになってしまった依花と和、加えて離ればなれになっただけではなく和は囚人となり薬を打たれて子を産むだけの存在になってしまいました。これだけで十分絶望なのですが、それでもお互いがお互いを想う気持ちはとても強いもので残り続けましたした。例えそれが自己愛からくるものだったとしても、愛する気持ちは本物だったと思います。

 愛する人と唯二人一緒にいる事、なんて幸せな事なのでしょうね。そしてそれは決して当たり前に成し遂げられるものではありませんでした。この作品では世界観が突飛なため依花と和が一緒にいる事そのものが奇跡のように見えますが、実際のところ愛する人とずっと一緒にいる事は日常の中でもかけがえのない物です。事実咲蘭と夏帆はお互いの事を意識しておりましたが最後まで一緒になることは出来ませんでした。瑞彩もやっと依花という自分の事を分かってくれる存在と出会えましたが、既に依花の隣には和がいました。そして依花と和が相思相愛となりやっと監獄から脱出出来ましたが彼女たちに残された時間はたった三日間でした。何というひどい境遇。それでも我慢して努力してようやく掴んだ大切な時間。例えそれが作られたものだとしても終わりが見えていたとしても、きっとあの小屋で過ごし語り合った時間は永遠のものであったと思います。

 そしてこの作品では愛するという事、もっと言えば自己愛について描かれておりました。何故和は囚人となってしまっても依花の事を想い続けることが出来たのでしょうか。何故依花は和の事を信頼し彼女の為に法を犯してまで尽くそうとしたのでしょうか。それは愛という一言で済ますには余りにも漠然としております。ここでキーワードになる言葉は自己愛です。作中でも「自分の事を好いてくれるから、相手が好き」「自分を認めてくれるから、相手も認められる」といったセリフがありました。これは紛れもなく真実だと思います。人って自分一人ではその価値をはかることはできません。誰かに認められて初めて価値を見出すことが出来ます。愛は誰かと共有する事で支えられ安定させる事が出来ます。自己愛は決して醜いものではない、人間の本質でありそれが故に相手と共有し支え合う事で価値を高める事が出来るものだと思っております。

 結局のところ依花と和はお互いが存在していなければ何の意味も持たなかったんですね。他の誰かに認められてもそれは意味がないんです。途中依花は咲蘭に和らしさを感じて甘えてましたが、それはやはりまやかしでした。ですが咲蘭は本当に依花の事を好きになってしまい、自分の愛を理解して欲しいと願いました。ですが依花の心は和にありました。もうこれだけで咲蘭の愛に意味はなくなってしまったのです。同じく夏帆の愛も咲蘭には届きませんでした。瑞彩の愛も依花には届きませんでした。それは支えてくれる相手がいなかったからです。愛は美しく純粋であるが故に脆いです。ですが一度固まってしまえば中々崩れることはありませんね。お互いがお互いに依存する、それは決して弱い事ではなくお互いを高め合う事。そんな事をこの作品では言いたかったのかなと思っております。

 何だか同じことを繰り返している気がしますのでそろそろ締めようと思います。テキストの大半が依花の心理描写の現れであり、その細かな描写のお陰でしっかりと感情移入することが出来ました。加えて丁寧なCGとラフ画のようなCGの組み合わせ効果は彼女達の心理描写をよく表しており、良い演出でした。血の演出や効果音の力も大きく、生々しさがにじみ出ておりました。そして歪んだ世界の中で歪んだ癖を持つ人物たちが求めていたのは究極の自己愛。それは最も醜く最も大切なものであり、お互いを愛する為に必要不可欠なものでした。愛とは何か、自分とは何か、人生観とは何か、この作品から多くの事を考える切っ掛けを頂きました。ありがとうございました。


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