M.M 霧上のエラスムス


<人間の記憶というものをテーマに扱った良質な雰囲気のサスペンス>

 この「霧上のエラスムス」は、同人サークル「Novectacle(ノベクタクル)」で制作されたサウンドノベルです。「Novectacle」さんに初めて出会ったのはC83で同人ゲームサークルを回っている時でして、その時に購入した「ファタモルガーナの館」というサウンドノベルが非常に印象深く残っておりました。その後何度かメールでやり取りをさせて頂きCOMITIA104で直接お話させて頂く事が出来、その時に購入したのがこの「霧上のエラスムス」です。感想ですが、丁寧に作られた背景やBGMといった設定と記憶という人間の尊厳をテーマにしたシナリオに感動する事が出来ました。

 OHPをご覧になれば分かりますが、この作品の設定や登場人物は上で書いた「ファタモルガーナの館(以下ファタモル)」と同じです。所謂スターシステムと呼ばれている手法でして、事前にファタモルをプレイされていればより愛着が湧いた状態でプレイする事が出来るかもしれません。それでもシナリオは全く別物ですのでファタモルを未プレイでも全く問題はありません。逆にこの「霧状のエラスムス(以下エラスムス)」をプレイしてみてキャラクターや雰囲気が気に入れば同時にファタモルも気に入ると思いますので、ファタモル未プレイの方はこのエラスムスを判断材料にして考えて頂いても良いかも知れません。

 そしてOHPのあらすじをご覧になれば分かりますが、この作品はサスペンスです。かつて同じ時を過ごした6人の男女が再び同じ土地で再開し同窓会をするはずでしたが、その予定は狂い気が付けば記憶を失いお互いが何者なのか分からない状況でとある館に閉じ込められてしまいます。何故記憶が失われているのか、この館はなんなのか、そもそもこの同窓会を主催した人物は誰なのか、そして霧の魔女とは何者なのか、さまざまな憶測が飛び交う中で物語が進んでいきます。プレイヤーには是非登場人物のセリフや行動の1つ1つに注目して読み進めていって頂きたいですね。

 そしてこの作品で一番の見どころはやはり記憶というものをテーマに扱ったシナリオです。自分が自分足らしめているのはやはりこれまで生きてきた記憶が存在しているからです。自分に自信があるのも何か発言した時の根拠になるのも全て自分が過去に経験した記憶を持っているからです。その記憶が失われた時、果たしてどこまでしっかりと自分というものを保っていられるのでしょうか。そして自分の記憶を思い出せないので時には他人から自分の記憶を教えてもらうのですが、その記憶は果たして本当に正しいのでしょうか。その人を自分は全面的に信用できるのでしょうか。そのような形で疑心暗鬼になる様子やそんな状況でも現状を把握して何とか状況を解決しようとする描写は非常によく考えられております。謎解きとしても十分面白いですが、それとは別にもし自分が同じ状況だったらどのように行動するかを想像しながら読み進めて頂ければなお面白くなると思いますね。

 この作品はOHPでフリーゲームという形で配布しております。ですがフリーゲームでプレイできるのは本編のみでサイドストーリーはプレイできません。もちろん本編のみで物語は解決するのですがサイドストーリーを読む事で本編の裏側を知る事が出来ますので、是非サイドストーリーも収録された特別編を購入してプレイして欲しいですね。プレイ時間的には私で本編が2時間30分程度、サイドストーリーが1時間30分程度でして全体でも4時間掛からない程度で終える事が出来ます。短めのプレイ時間でありながら記憶というものの存在意義や謎解き要素のあるシナリオを十二分に堪能する事が出来ますので、興味を持たれた方は是非プレイしてみては如何でしょうか。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<例え不幸な人生が約束されていても、精一杯生きる事が出来るかに意味があるのですね>

 考えさせられました。記憶とは何か、人としての尊厳とは何か、何を信用して何を諦めなければいけないのか。ここにいる誰もが被害者であり加害者である特異な状況の中で、館での時間は本当に大切なものを選ぶための時間だったのではないかと今になって思っております。一切の妥協のないシナリオはファタモルと同じで、悲しいシナリオでしたが読み切った後の気持ちは非常にスッキリしたものとなりました。

 まずは主人公であるメルを始め記憶を失っている人物がクローンである事が驚きでしたね。そもそもオリジナルではないという事ですので知識は無くても経験がありませんのでちょっとした行動や言動に差異が生まれるのは当然ですね。そしてこの作品特有の制度である「交換」という設定は面白かったですね。絶対に失敗できない家柄であるからこそもしもの為にスペアを用意しておく、想像しただけで震えが止まりませんね。自分が失敗したら何の哀悼もなく捨てられて代わりの自分が自分の代わりに同じ人生を歩むわけですからね。全くもって人の尊厳というものを踏みにじってますし決して自分が愛される事のない証明にもなりますからね。「交換」の申請がされた段階で既にオリジナルにもクローンにも安息の時は無く、両親に愛されない人生が決められているというのは何とも言えない寂しさがあります。

 それでも作中に登場するクローンは自分自身が今ここで生きている事の証明、もっと言えば自分がこの世界で存在していい根拠を求めて行動を起こします。例えばネインはポーリーンを殺す事でその呪縛から解き放たれ、それでもポーリーンを愛している証明として自らの意志で命を投げ捨てます。メルも自分が愛しているのはオリジナルのホワイトではなく一緒に施設で生活していたクローンのホワイトであると確固たる意志を持ち、そのクローンのホワイトを助けられなかった代償としてこの「交換」の制度を壊す事を近いその後の人生を歩もうとします。そしてホワイトも最後までクローンのメルを愛しその為に主人であるミシェルを裏切り館から出そうとします。傍から見れば誰もが不幸な結果に見えるかも知れませんが、それぞれのクローンがそれぞれの形で出来る限りの行動をとり自分自身の尊厳を確保する事が出来たのかなと思っております。

 そしてそんな表の物語の裏でもう1人苦しんでいる人物がいました。それがミシェルです。自殺コミュニティで知り合ったネージェと最初で最後のプラハでの旅行とその先にある終焉。最後の最後で気持ちを共有する事が出来何物にも代える事が出来ない記憶となったこの出来事は社会の中で歪められ、2度と2人は再開することなくその人生を終える事となります。ミシェルにとっては正直クローンのネージェは悪夢のような存在だったのでしょうね。同じ顔で同じ声を持った人物なのに記憶がなくミシェルを恨んでいる訳ですからね。そして制度の為に真実を告げる事が出来ず、クローンのネージェがクローンのメルと惹かれあっていく様子をただ見ている事しか出来なかった訳ですからね。そんな状況でオリジナルのネージェから笑っているメルの写真を添付されれはば真実を知りたくなくなるのは当然だと思います。結果としてミシェルもネージェも互いの想いを成就できるタイミングがありながらそれを達成する事が出来ず不幸な最後を終えてしまいます。正直彼らの状況があまりにも特異ですので心境を想像する事が出来ませんが、あと1つミシェルに耐える心があればあるいは結末は変わっていたのかも知れません。いずれにしてもミシェルも辛い人生を歩んできたわけですし「交換」の制度の最大の被害者と呼べると思いますね。

 という訳で最終的に生き残ったのはメルとメリーの2人のみというハッピーエンドには到底見えない結末でした。ですがそんな制限された状況でも自分にできる事を精一杯行ったクローン達の気持ちは恐らく満たされており、納得のできる結末を迎える事が出来たのではないかと思います。記憶による自己の証明、そして人間の尊厳というものを考えさせられるシナリオは他では中々見る事が出来ないものであり、ノベクタクルさんの徹底的に練られた設定とシナリオによって達成されたテーマだと思っております。自分がオリジナルならどう行動するか、逆にクローンだったらどう行動するか、相手の気持ちはどうなのかそしてその相手は自分の望むとおりの気持ちなのだろうか、色々と頭を悩ませながら読み進める事が出来ました。願うならば、このような制度が未来永劫訪れない事を願うばかりです。ありがとうございました。


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