M.M クロツメヨツバ


<登場人物達のパーソナリティとそれを引き出す柔らかな雰囲気が時間を忘れさせてくれました>

 この「クロツメヨツバ」という作品は同人サークル「モチのおとしご」で制作されたビジュアルノベルです。モチのおとしごさんに出会ったのはC85で島サークルを回っている時でして、暗い教室で1人手を広げて佇む女の子の姿が大変印象的なCDラベルだったと覚えております。プレイした切っ掛けは正直特にありません。それでも積みゲーの中にクロツメヨツバのタイトルがあることはずっと頭の片隅にありましたし、たまたま積みゲーを整理していた時に手にとっていい加減プレイしようと思った事が切っ掛けだったのかも知れません。感想ですが、とにかく登場人物の魅力が引き立っており大変印象に残りやすいシナリオでした。

 公式サイトをご覧になれば分かりますが、主人公である古谷隆平は裁縫を趣味としている普通の高校生です。両親は共に医者であり海外を飛び回る仕事をしている為、1人でアパートに住んでおります。数人の友達と話す普通の高校生活を送っていましたがある日1人の女の子と登校中に出会うことになります。その女の子がヒロインである野上初夏(ういか)であり、彼女が主人公たちと同じ高校同じクラスに転校してくるところから物語は動き出します。彼女が探している「トクベツ」とは何か、何故主人公に対して「私を誘拐して欲しい」とお願いするのか。是非彼女が抱えている悩みに思いを馳せながらプレイして欲しいですね。

 最大の魅力は登場人物達のパーソナリティですね。初夏は非常に気の強い性格でして自分が正しいと思った事に対して絶対に妥協することはありません。そのストレートさが彼女の魅力であり、作品全体の雰囲気を引き締めてくれます。ですがそれに劣らず他の登場人物たちも大変強いパーソナリティを持っております。友人である河田秀介や沢出琴は常に主人公の味方でありながら自分自身の悩みに一生懸命で大変人間らしさを感じます。中でも特に注目して欲しいのは生徒会長である宇田川美央(みお)ですね。学園のカリスマ的な存在なのですが結構執拗に主人公たちに絡んできます。そんな美央ですので当然初夏とは相対する機会が多く、そんな2人に振り回される主人公と1歩引いて眺める友人の構図が微笑ましいですね。

 そしてこの作品は全体的に大変柔らかな雰囲気が漂っていると思いました。BGMはオリジナルで、ピアノを中心としたサウンドは梅雨の時期の作品らしい印象でシナリオとマッチしております。またこの作品はキャラクターに声が収録されているのですが、何と言いますが本当に高校生らしい雰囲気なんですよね。アニメで聞くような演技がかった声ではなく日常の会話のような声ですので大変自然でした。そんなBGMと声の作り方が柔らかな雰囲気を作っているのかなと思っており、この作品のもう1つの魅力だと思っております。そんな雰囲気に反してCGの構図はかなり大胆で独特で力強い印象でした。特に手の書き方が強調されていてパーソナリティを後押ししてくれました。

 プレイ時間は私で3時間30分掛かりました。ちなみに声は全部は聞いておらず基本飛び飛びで進めました。全ての声を聞いたら大よそ5時間程度になると思います。それでもいつものビジュアルノベルよりも声は聞いていた気がします。この作品、時々テキストが無く声だけで演出するような場面もありますのでそういう意味でも声に重きを置いたのかも知れません。あとシステム周りで注意点ですが、セーブスロットがありません。基本的にはオートセーブのみで一旦ゲームを中断するとその続きのみプレイ出来ます。その為選択肢でセーブが出来ませんので注意が必要です。まあ作中の雰囲気に呑まれて初夏の悩みに思いを馳せているうちにEDにたどり着いてしまう気がします。是非初夏である今のうちにプレイして頂きたいですね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<クロバツメクサはいつでも貴方のそばにある。例え自分の中のトクベツが分からなくなってしまったとしても>

 深く考えさせられるシナリオでした。自分にとってのトクベツとは何か、本当に大切なものは何か、人生において捨ててはいけないものは何かなど哲学的な問いかけが多かった気がしました。それでも初夏はきっと自分の目的は達成できたのだと思います。何故なら四ツ葉のシロツメクサの真実と父親である隆平の後悔を解決する事が出来たのですから。

 日本でよく見ることができるシロツメクサはその殆どが三ツ葉であり、四ツ葉のシロツメクサは見つけた人を幸せにすると言われております。それは四ツ葉のシロツメクサが珍しくとても貴重である「トクベツ」な存在だからなのだと思います。ですがクロバツメクサは似たような葉っぱですがその殆どが四ツ葉であり、四ツ葉だからと言って決して「トクベツ」な存在ではありません。もし日本に広く分布しているのがシロツメクサではなくこのクロバツメクサであったら、四ツ葉のクローバーなんて言葉は生まれなかったのかも知れません。

 ではそんな四ツ葉が有り触れたクロバツメクサには何も意味はないのでしょうか。そんな事はありませんでした。もしかしたら四ツ葉のクロバツメクサは「トクベツ」ではないのかも知れません。ですがそれでも人に対して「幸せ」を与えることが出来ます。物語の最後、隆平の言葉に「たったひとつを抱えるより、沢山の人にありがとうを伝える」とありました。その言葉通り、たとえ隆平という存在がこの世から消えてしまってもクロバツメクサは育ち、多くの人に幸せを分け与えております。これが達成できなかった事が隆平の後悔であり、初夏が見つけ出したかった答えなのだと思います。

 初夏も大きな決断をしなければいけませんでした。それは過去に戻り知ることが出来た父親である隆平のルーツの記憶と過去に戻り得る事ができた人間関係の記憶です。奇跡には必ず代償がつきものです。ましてや時間を遡るなんて自分の一番大切なものを差し出さなければ出来ない奇跡だと思います。そしてその問いかけに対して初夏が出した結論は、自分がいた記憶を消し存在を無かった事にすることでした。初夏には辛い決断だったと思います。ですがそれと引き換えに隆平の後悔と自分の後悔を解決することが出来ました。大切なもの、自分の「トクベツ」と思っている気持ちと引き換えに得られた奇跡。それで後悔が解決できれば、それでいいのかも知れません。

 確かに彼女の存在はみんなの記憶から消えましたが、代わりに残ったものがクロバツメクサです。それは隆平が大切にしていたものであり、隆平が幸せを伝えたいと願った象徴です。そのクロバツメクサが枯れることなく大切な人の傍にある。きっとこれが一番後悔のない結末だったのかなと思っております。たとへ自分のトクベツが分からなくなってしまったとしても幸せになる事が出来る。この物語はそんな事を言いたかったのかも知れません。作中でも「フツウとトクベツは紙一重」と言ってました。自分にとってのトクベツとは何か、本当に大切なものは何か、人生において捨ててはいけないものは何か、それはきっと自分の気持ち一つで如何様にも変わるのだろうと思います。

 まとまらなくなりそうですのでこの辺りで締めようと思います。すごく優しい気持ちになる事が出来ました。例えいつか将来この作品のシナリオを忘れたとしても、この作品から得られた優しい気持ちは残り続けると思いました。それがきっとこの作品の「トクベツ」なんだと思いました。ありがとうございました。


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